蟲 2016-11-26 12:01:37 |
通報 |
>白雨
(伸びてくる繊細な指先が手拭いを通り越し、己の腕を掴んだ時には大層驚いたものだ。しかしそれよりも、まるで壊れ物でも扱うかのような手付きに込み上げてくる笑みが押さえられず、つい口許が緩んでしまう。──わたくしより、貴方のほうがずうっと儚げなのに、と。だがいつまでも余裕を保っていられた訳でもなく、決して強い力で押さえられているわけではないのに、まるで彼という存在そのものに絡め捕られてしまったかのように動くことができない現状に僅かな戸惑いを滲ませて。やがて手が離れれば知らず詰めていた息をそうっと吐き出し、同時に告げられた言葉に瞳を丸めて首を横に振り「だめよ、それでは風邪をひいてしまうわ。──大丈夫。もう沸く頃ですから、良い子で待っていて、…ね?」水だなんてとんでもない。人とは違う生き物なれど、冷え込む雨の夜に冷たい思いをさせるなんてできるはずもなく。先ほど包丁を取りに寄った際に火にかけて来ているからそう時間は変わらないと宥めるように微笑んでは、黒曜の瞳を覗き込むように見つめて濡れる髪を軽く撫ぜる。つい、いつまでもこうしていたいと思ってしまうのは何故だろうか。そんな願いと呼ぶには即物的な感情を何とか振り切って立ち上がれば、畳に転がる血濡れた包丁と鶏の死骸とを拾い上げて先程と同じように部屋を出た。野良猫にでもあげてしまおうか、と血の通わない生肉の処遇を考えながら台所へ赴き、多少は雨音が掻き消してくれるとは言え極力物音を立てないように。しかし急いで片付けと準備を終え、新しい手拭いと湯を張った大きめの盥を抱えて足早に来た道を戻る。襷掛けを怠ったせいで寝間着の袖が汚れてしまっているが、そんな事よりも早く彼の元に戻りたいのだ。そんな浮ついた気持ちでいる己をもう一つの視点からどこか冷静に見つめながらも、まるで幼い頃に両親に内緒で出かけた時のようだと、重いものを運んでいるせいか僅かに上気した頬に幽かな笑みを浮かべては彼の待つ自室へと戻り、一度廊下に盥を置いてから襖を開き)
トピック検索 |