蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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>月夜
( 今度はもぞりと身体ごと振り返り、また自身の腕を枕に小さく息を吸った。これを緊張と形容してしまうのは何だか憚られるけれど、多分限りなくそれに近い感覚が、呼吸音を立てない様にと変に意識をさせるのだ。まるで結婚初夜の女の様。鼻息が聞こえてしまわないかと意識して、寝返り一つに気を使い、指摘された事の無いいびきを今日に限って立ててしまわないかと心配になる、あの神経が張り詰めてしょうがない恥じらい。いやにむず痒いその感覚を、この歳になって大の男と同じ布団に潜り込む事で抱くなんて誰が予想できただろう?その上この男は、巷を賑わせる「化け物」だ。…さすがにそこまでの緊張ではないものの、生憎心臓に毛は生えていないので己も普段通りとはいかず、細く頼りない身体を丸めて布団に潜り込む男の黒いつむじをただ黙って見ていた。しんと暗い部屋の中、静かに耳を立て彼の言葉を飲み込むと、「…そう。それは良かった。」と内緒話みたいに優しい語り口で返事をする。下にしていない方の腕を伸ばすと、はらりと彼の黒髪に指を通した。緩慢な動作で二度撫でつければ、「目を瞑って、黙っていたら良い。」と子供をあやす様に告げ、すっと手をひっこめるとまたくるりと背を向けこちらも蹲る。―――こんな就寝は今日限りだ。暗闇に慣れ始めた瞳を遮るように瞼を閉じて、いつもより深く掛布に入り込んだ。こんな夜はもう御免だが、それでも隣の温もりは誰にも譲ってやれない。他のどんな喜びも楽しみも今は、この男と秤にかけるまでもないのだ。“お前がいればそれで良い”なんて、恋愛小説にありそうな一文は事実、有り得るものだと一人思った。冴えていた目がすう、と微睡んでいくのが自分で分かる。もう、月夜は夢の中の存在ではない。あの黒い卵と出会う前、夢で見たお前が今、背中越しに息をしている。朝に襲い来る虚しさとて、幻の逢瀬には敵うまい。そう思っていた過去の自分に、声高々と言ってやりたい!―――幻の逢瀬等絶対に、見て触れられる現実に敵いはしないのだ。 )
( / いつも丁寧で素敵なお返事を有難うございます。月夜君もこのまま眠りにつく様であれば、次から翌朝の描写に移らせていただきますね。勿論、夜中に目覚めて何かしら行動を起こしたいという場合も喜んで対応させていただきますのでお好きな様にしていただけたらと思います。 )
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