蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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>薫子
――、薫子さん。(誰の事を指しているかもわからない"あなた"だなんて余所余所しい呼称を使いたくなかった、それは単なる我儘なのだ。問うた答えが中々戻らず、代わりに空気が一つ死んでしまったかのように不思議と背がひんやりとした。それも短い時間の間、教えられた名前を耳にすれば耳馴染みが良く季節を連れた品のある名は正に目の前の女性に相応しい物だろうとスンと腑に落ちた。そう思えば教えられた名をちゃんと、自らの唇を動かして己の声で呼んでみたいと願ってしまう。自己分析をした己はこうまでも欲深かったのかと初めて知る、差し出された手拭いではなく細いその手首を恐る恐ると握るように触れて。先程指先を感じた時もそうだ、彼女と言う存在は自分の力加減一つであっと言う間に壊れてしまいそうで触れるのに勇気を要する。それでも優しく温かいその手に触れるのが心を穏やかにするもので、触れたいと思うのが罪なのか。綺麗な響きのその名を伝える彼女の表情が何処か曇りを持ち、微笑んでいるのに表情と内面が伴っていないような違和を生み、その些細な表情の違和が何を意味しているのか、経験も知識も下手をすれば思いやる心すら持ち合わせていない己にとって理解し推測するのは難しい。こうして手を掴み触れているのに、その心にほんの少しと寄り添えない事の歯がゆさが息苦しさに変るのだ。もい、自分にもっと知識が有れば彼女の心の陰に触れて退けてあげることが出来たのだろうか、もしもを考えるときほど虚しい事は無いとなんだか少し寂しくなる、「…薫子さん、俺はお湯なんかじゃなくて水だけ頂ければ十分なのです。だから__お湯を用意するのに必要な時間を傍にいるのに使ってください」掴み、触れていた手をするりと離せばそこで漸く本来の目的である手拭いを受け取って。)
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