蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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( 端的に説明するなら此処は、薄暗い闇の中だ。そんな場所で自分の他に一人、男が此方を向いて立っていた。まあるくなった背と磨りたての墨のような髪。陰鬱、という言葉はお前の為にあるようだなんて心の中で蔑みつつ、不躾に視線を送っていた。…しかし、逆光でも真っ暗闇でもないのに男の表情は読み取れない。この世のものではない何かと対峙しているようだ、と思い始めてようやく、これが夢である事をぼんやり理解し始めた。…ぱちり。今自分が、酷く自然に瞬きをした事に気付く。…ぴくり。指先が動いてやっと、「夢を見ている筈なのに、思考出来て、身体を動かせる」事に疑問を抱いた。この現象が明晰夢と名付けられるのは今より随分後の時代で、勿論、この不可思議な夢に対する知識等無い。そんな自分が、夢の中での自分の身体の動かし方をなんとなくわかり始めた頃―――ごとり。硬いものが硬いものにぶつかる様な音がした。瞬間、意識は闇の中から強制的に引き上げられ、椅子に腰かけ机に顔を伏せているこの体勢が、目覚めた直後の靄がかかった頭でも“眠りこけていた”のだなと思い至るに十分な判断材料であった。あまり身体が軋んでいない事から、眠っていた時間はそう長くないようだと安堵しのっそりと起き上がる。この街に一つしかない図書館の隅、古ぼけた長机に伏せよくもまあ眠っていられたものだと自分自身に呆れつつ、ぐいっと大きく伸びをして。…夢の事等、とうに忘れてしまっていた。時刻は夕刻過ぎ辺りだろうか?そんな事を思い、掛け時計に目をやろうとした…その時だ。ふっと視界に入り込んだのは、長机の端の方で堂々と存在を主張する「黒い楕円」。蛍光灯の光を受け細めていた眼をかっと開き、思わずガタンと机を揺らしながら慌ただしく立ち上がった。眠りを妨げた音の正体はきっとこいつで、視線が、意識が、その一点に引き付けられて逸らせない。閉館ぎりぎりまで人の多いこの場所に、自分以外の人間の気配がない異常性も気にならず…否、気付けない程に“それ”は異質であった。―――己は、その正体を知っている。主に噂好きな女学生の間でまことしやかに囁かれている異形の卵。人の口に戸は建てられぬとはよく言ったもので、杯から溢れる水のようにじわりじわりと歪な輪を描いて広がる俄かには信じがたいあの噂、その正体を、今、己はこの目で見ているのだと理解しては年甲斐もなく興奮した。ごくりと無意識に喉が鳴る。随分肩に力が入っているようだと気が付いたのは暫く経ってからで、ふっと息を吐き崩れる様にまた腰を下ろして。すると今度は酷くゆったりとした動作で机に肘をつき、歓喜が滲む目つきで舐るみたいに黒い卵へ視線をやる。にたりと吊り上る口角を抑えもしないまま肘をついていない方の手を伸ばすと、「―――運命って、こういう事を言うんだろうさ。」なんて呟き、まるで恋人の頭を撫でる様な手つきでこの街を騒がせる“怪奇”にそっと触れて。 )
( / 素敵な世界観にうっとりしながら読み進めさせていただきました…。ロルに関しては長くてこのくらい、普段はもっと短いです。現時点で相性に問題がないようでしたら、月夜君をkeepして頂けないでしょうか?お手隙の際にでもご検討宜しくお願いいたします。 )
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