蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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>朝陽
(もし今より少し人の気持ちに敏感で有ったならば、恐らく問いかけに生じる妙な間が何を意味しているのか察する事が出来たのだ。生憎にも己と言う男は自らの気持ちの整理一つですら真っ当に行えない訳で、自身の事すら把握できないのに他者の気持ちを探るとは困難を極めてしまう。返事が戻らないその間に疑問一つを持たず、繕われる優しさが全てと受け止めた。盗み見た表情が余りにも優しくて、頼んでも離さないと言う言葉が自らを必要としてくれるようで単純にも生きていることを許されたと思う。その自惚れは何処までも感情を揺さぶり、流れているかもわからない血を滾らせて、先の言葉を頭の中で繰り返すたびに実感が増しじわり…じわり…と体温が上がる。唇を噛みしめるも口角は緩み、目元は細まる。笑顔と言うには不器用で、恥噛む気恥ずかしさを纏った嬉の面を。集まる熱を逃がす為、冷たい酸素をす―と吸い込み齷齪と我慢をする。人の気持ちに寄り添えない己は浅はかにも、彼の真意に辿り着く事が出来ず上面だけの優しさにどっぷりと心を惹かれている。先程、叩かれた頬が痛みを鈍くしたのと同様、過ぎ去った衝撃は今や目先の作られた優しさで上塗られている。情緒不安定の如く裏表と応対の変るそれを狂気と気付く事は無い、が、自らを必要としてくれたその言葉はそれほどまでに何にも代えられない全てとなり心に刻まれて。招かれた部屋は本の匂いのせいか、紙の特有な香りが交わる。それでいて、濃密な彼の匂いがした。近付いた時にふわり、と鼻を掠める些細な物ではなくその部屋に足を踏み入れた瞬間にもし少しでも飢えを覚えていては堪えきれなかっただろう程の彼を食したいと言う思いに駆られ。そんな自分にゾクリと背筋を震わせた。己を必要としてくれた、彼を今どうしたいと思ってしまったのか。繰り返す様に自問自答を行うと再び部屋から彼が離れると、自分を置いて彼が何処かへ行ってしまうのではと不安を抱く。その不安は言葉にならないが、反射的に上げた顔つきに明確に表れて「――ッ。 早く戻って来ないと、戻って来た時に…部屋の中がごった返しになってるぞ」可愛げのある引き留め方等知らぬ、出来る事と言えば迷惑を掛ける事を前提に匂わす事で少しでも早く戻ってきてくれることを意識付ける事だけ、うろうろと場所が落ち着かずに徘徊をしてから部屋の隅に身体を落ち着かせ。布団の上に乗る事はより濃く彼の匂いを感じてしまいそうで出来ずに、腰を下ろした格好で顔を上げ、部屋の中をぐるりと見渡し多くの本に囲まれる部屋から、これほどの本を読む彼だからこそ知識が豊富で有り、知識が有るから自らに自信を持てるのだろうかとぼんやり考え。)
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