蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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>薫子
(少しずつ遠のいていく肉の動き、足音、触れた指先も近付く柔らかな存在も、本能の赴く儘に食らいたいと欲が産れる事は不思議と無かった。その肉に歯を立てて温かい内に血を啜れば腹が満たされるのだろうか、疑問にも近いその感情は蟲として確かな感情の欠落の表れで。雨の音だけは蟲卵の中と一寸違わず見せる顔を変えない、だから良い。両方の瞼をそっと閉じ、暗闇の中に居る筈なのに焼きつく程眩しく思うのは命の光を確実に燃やしているからか。雨の音ばかりでは時間の感覚が狂ってしまい、待っている時間が早くとも遅くとも感じる。待っている間は近付く足音にもう来てくれたのかと感謝の気持ちを思ったのに、閉じていた瞼を上げて、彼女のその姿を瞳に捉えたその瞬間に考えが一転し、やっと来てくれたのか待ち望んだぞと変化を遂げた。そして、ギイギイと身悶えし金切り声を上げる鶏は細身の彼女に笑いが込み上げる程似合わなかった。にこり、頬を緩ませて一層と強い雨の香りを連れた彼女に眉尻を落とせば「__外へ?、 あなたから雨の匂いがします。」外は冷えたことだろうに、温めてあげる事すら叶わない使い物にならない自らの手を一瞥し小さく息を漏らす。選ばせてくれる食事が並べば迷いを見せる事無く鶏へ手を伸ばし、どうやって食べようかと考えた時に共に添えられる肉切り包丁の鋭利さにその使用用途を理解する。「いただきます」添えるのは一言ばかり、力の弱いその声は容赦も躊躇いも見せずに包丁を握らせ鶏の頭をゴトンと落とす。どぷ…どぷ…どぷと切り口から溢れだす獣臭さと赤黒い血液に無意識の内に舌なめずりを、グラスに唇を添えるように頭の途切れた首へ唇を宛がい生き血を啜る。__この鶏が今の今まで生きていた事実を殴りつけるか如く、喉に流れ落ちた血液は熱かった。命に感謝をするためか、部屋を少しでも汚さないようにと考える為か、飲む量を急がずに調節して零さないようゴクリと飲み込む。肉を喰らわずとも、生き血を啜るだけで青白かった顔色は赤みを取り戻し、その後も数分かけてゆっくりとした食事を行う。傾けても血液が滴らなくなった頃、漸く唇を引き離し「御馳走様でした。」と言葉を呟く、食前の挨拶よりもその声は確かに力を帯びる。浅い呼吸も整い、発光する瞳は黒々しく輝きを消して「――育ての親と、そう言ったでしょう。雨が僕とあなたを引き合わせたように、今度は引き離してしまうまで……長いか、短いか、今はわからないけど」粘液に汚れる着流しの上へ血抜きされた鶏を置いては確りと向き合い言葉を綴る、すうと呼吸を置いて「白雨を、あなたの傍に置いてください」嫋やかなこの女性が持つ何処か違和のその部分に寄り添いたいと思ってしまった、勿論自らを孵化させてくれたと言う恩も有るが此処に残りたいと思う経緯はその思いも混じっていて)
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