蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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>白雨
(いよいよ雨脚が強くなり、屋根や硝子を好き勝手に奏でる音もより一層強くなる。そんな中で他に聞こえるものと言ったら目の前の青年の声と息遣いだけなのだから、まるで世界に二人きりになってしまったかのような錯覚を覚えたのも無理はないだろう。そう、例え実際には、魂があくがれ出してしまっていたからだとしても、だ。小さく咳込む声でようやく我に返れば、夏の夜を静かに彩るあの儚い光を嫌でも思い出させる――文字通り今にも儚くなってしまいそうな青年の様子に、今度は言いようのない焦燥感にじりじりと身を焼かれるような心持ちさえしてくるのだから、更に手に負えない。あちこちへと感情が動かされるのは酷く疲れるが、ぽつりぽつりと紡がれる声と言葉は、耳と心に心地よく響く。「……わたくしも貴方の声が聴きたいわ。一人でかたるのも決して嫌いではないけれど……返事があると言うのは、存外に良いもののようですから」思えば、最後に誰かと会話を交わしたのはいつだったか。暫し思考を巡らせるが思い浮かぶのは今は亡き人の姿ばかり。そんな筈は、と思索に耽っても、やはり出て来ないものは出て来ないままで。座してこちらを見上げる彼の生へと目を向けた言葉で思考を目の前の現実へと戻せば、眉尻を下げる彼とは対照的に口元に弧を描いて「ええ、勿論ですとも。少しだけそのままで、お待ちになって」微笑を一つ残して襖を開け、廊下へと踏み出せばそっと襖を閉じる。夜も遅い時間ではあるが、偶然にも誰かが通りかからないとも限らない。何かを知ったところでこの屋敷の使用人達は皆一様に口を閉ざすのだろうが、"見せたくない"と思ってしまったのだから、こればかりは仕方ないだろう。足早に、しかし足音を殆ど立てずに外へと出れば、傘を片手に鶏小屋へと向かい、慣れた手つきで一羽を捕えて屋敷へと戻る。哀れ、縄で自由を奪われた鶏は鳴く事ももがく事も許されず、台所から拝借してきた肉切り包丁と牛肉大和煮の缶詰数個とともに荷物のように抱えられて捕食者の前に姿を現し「お待たせしてしまったかしら。どちらがいいのか分からなくって――好きな方をどうぞ」部屋に戻って来ると先ほどと同じように彼の正面に座り、両手に抱えた"肉"を見せる。噂話では生物の生き血を啜るとされているが、目の前の儚げで繊細そうな青年とそのイメージが上手く合致せず、結果、選択肢用意して彼に委ねることにして)
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