蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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>月夜
( あの男は、風邪をひくのだろうか。食事をするという事は、消化器官があって、排泄もするのだろう。じゃあ感染症は?病気にはかかるのか?と考えてみたところで、自分に分かる筈もなければきっと本人だって分からないだろう。山の赤は失せ吐く息白いこの季節。風邪をひかない身体だとしても床で雑魚寝をさせるのは可哀想だが、勿論自分も御免である。明日実家に顔を出して自分が使っていた布団やら服を持ってこようと考えたところで問題なのは、今夜をどう越えるのか?…その一点だった。再び戻ってきた自室から、また手拭いを取ってきて空き部屋へ向かう。見えたのは、年寄の様にまあるい背。球体の中に閉じこもっていたせいかは知らないが、姿勢や佇まいを厳しく躾けられたおかげで背筋が良いと自負をしている己とはあまりにも対照的で、何とか矯正せねばと静かに決意した。げふんげふんと咳込む後ろ姿を見下ろして、「すまないね、寒かった?」等と見当違いな心配をしては隣にしゃがんで顔を覗き込む。しかし数秒と経たない内に視線を敷布にやっては、あれっ、と呟き手拭いを置いて、今度は袋の中を覗いた。彼の元を離れてからこの部屋へ来るまでにそう時間は経っていない筈だが、すっかり殻が片付いている事に気が付くと、先程子ども扱いするなと言われたばかりなのにまたふっと顔を綻ばせ。今度は両の手で彼の髪にくしゃりと指を通しては、「ふふ、偉い偉い。」なんて優しい声色で大袈裟に褒める。膝に手をつきすっと立ち上がると、見るも無残な敷布の両端をつまんで二つ折りにし、手拭いを拾うと畳に溢れた分の粘液だけを拭きとって。この敷布は捨ててしまおう、と決意すると、明日の朝にでも近所の自動電話―――現在で言うところの公衆電話、交換手という人間に掛けたい相手へ繋いでもらうそのからくりで実家に使いを寄越す様頼もうかなとぼんやり考えた。先程自分の脚で実家へ向かおうと決めたばかりだが、洗うのが億劫な程に濡れた敷布を見て決意はいとも簡単に崩れ去り、使いの者に敷布と紙袋を処理してもらって、服と新しい布団を持ってきてもらう。完璧じゃないか、とひとりでに頷いた。―――多分、自分が何とも思わなければ良い話なのだ。一つの布団しかない家に男が二人いて、その一つの布団で一緒に眠るのが普通ではないと、世間一般的な観点から見て、己はそう認識している。しかし彼はどうだろう?生まれたてのこの男に、大の男が同じ布団で眠る事が普通ではないと伝えさえしなければ何の疑念も躊躇いも無く一夜を明かせるのではないだろうか?…多分、たぶん。そうと決まれば何でもない顔をするのは得意である。くるりと振り返れば「さて、そろそろ休もうか。」等と何でもない風に言ってのけ、ぬらぬら光る手拭いを手に部屋を後にする様促せば、さっさと廊下を歩いて行って。 )
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