蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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>砂乱
(誕生の瞬間とでもいえばいいのか、長いようで短かったその奇妙な時間は確かに私の心を酔わせ麻痺させていた。どこか異世界で起こっていることの様に見つめること数刻。蟲卵というくらいだからてっきりそれはそれは悍ましい何かが産れ出てくるのだろうと予想していたのだが、見事にそれは裏切られ中から卵の破片を幾つも付けて出てきたのは可愛らしい男児。いつしか震えは止り幼子の呼吸する音が張り詰め固まっていた静寂の間を弛緩させる。きょろきょろと辺りに目をやるその姿はまるで母親を探す幼子そのものだが、忌わしいあの戦争で帰ってこない弟を探す自分に重なるようで胸が少し痛む。そんな他人事のように感想を抱いていられたのはほんの僅かな時間。どうやら幼子が探していたのは私のようでずっと彼のことを見つめていた私と目線を交わらせると、その愛らしい容姿に似合わず酷く大人びた言葉を操り私に語りかけてきた。先ほどまで言葉が返ってきたら倒れてしまうやも、と案じていた筈がその容姿故だろうか、不思議と恐ろしいという気持ちは湧いてこず。その人懐こい笑みに思わず手を差し出そうとした瞬間、ぶわりと部屋の空気が変わる音を聞き体が固まる。冷や汗が背を伝うのが感じられる。目の前の愛らしい幼子はどこへ消えたのだろうか。そう思わずにはいられないほど目の前の男児から伝わる気配は色を変えていた。例えるなら先ほどまでは子獅子を相手にしていたのに気が付くと成獣となり私を捕え様と覗っているそんな感じ。赤い瞳はそのまま血を連想させる。月明かりに光る八重歯はナイフを突きつけるよりも容易く私の身体の自由を奪う。早く何か"代わり"を持ってこなければ私はきっと...死,ぬ。考えるよりも先に直感でそう分かった。何か代わりになるもの、寝たきりの母親か庭に居座る野良猫達しかいないこの屋敷に生きているものはいない。野良猫のところへ連れて行かなければ...!道徳心だとかは全て消え去り私はそろそろと足を動かし「庭になら生きているものが」そう言うと襖を開け庭に通じる廊下を指さした)
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