蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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>月夜
( 喰いたい。死にたい。…名前が、知りたい。三つ目の欲を数えては、ゆらゆらと揺れる垂れ気味の瞳をじっと見つめた。この世の表面も根も全て腐らせてしまいそうな六月の雨を思わせる、暗い声がやけに加虐心を刺激してはぶたれて赤らんだ片頬が目に入る。余韻も欲も寂しさも知らぬという風に、ぱっと何の躊躇いも無く額を離して、くすりと笑った。「別に何でも良いけど。知りたいの?朝に太陽の陽と書いて、あさひ。…ああ、やっぱり何でも良いってのは無しだ。教わったんだから呼べよ、ほらあ、さ、ひ。」肩を竦めて、意地悪く告げる。きょろきょろと不安げに彷徨うその視線は、幼い頃両親に連れられて行った縁日の露店の金魚、その美しくも儚い尻尾を思い出させた。古びた屋台、狭いコンテナの中でひらひらと泳ぐ滑稽な金魚。彼らあるいは彼女らは、掬い上げて貰える事が幸せなのかと幼心に疑問に思っては、くだらないなと踵を返して早く帰ろうと急かす様な子供であった。―――今ならわかる。わかるよ、月夜。金魚もお前も、掬い上げる人間が、幸せにする事も飼い殺しにする事も出来るのだろうね。そう、一人思った。…ところでこの男は一体、慰めてほしいのだろうか、肯定してほしいのだろうか。確かめる様に言葉を紡ぐ可愛いこの子をどうしてくれよう?意識せずとも唇が孤を描いていくのが自分で分かった。しかしどんな言葉も2人の前では安物に成り下がる様な気がして、言葉を欲しがるこの男に叱責も否定もせずまたくるりと背を向けた。―――だって目は、口ほどにものを語るのだ。「着替え終わったら丸めて寄越して。」見られていては着替え辛いだろうと気を遣い、洗面台に手をついて簡潔にそう告げる。本来同じ事を何度も言うのは嫌いな性分なのだが、自分の子供という色眼鏡を掛けると大抵のことが許せてしまうらしい。粘液塗れになっている空き部屋の敷布も片付けないとなあ、なんてどこかぼんやりと考えては、短時間で起こった目まぐるしい出来事への疲労がどっと襲ってきた様な気がして、ふっと小さく息を吐いた。 )
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