蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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>砂乱
(翻る髪、飢餓でこうこうと光る赤い双眸。私が彼の最初の食事に選ばれても可笑しくなかったあの状況で思わず美しいと、そう思ってしまった。ルネサンス期の画家が背徳的悪魔を描きたいと思ったら迷わず彼を選ぶんじゃないかしら。拙い足取りで出ていく彼が視界から消える迄そんな考えが頭の中を占めていた。足音も遠ざかり漸く静寂の訪れた部屋で呪縛から解き放たれた様にそんな盲醜も消え去り浮かんでくるのはこれから彼をどうするかということで。私に彼を殺,せるのだろうか。愛らしい幼児の様な表情、私の理性を根こそぎ奪い去る渇望の表情。...嗚呼駄目、頭を振ってそのまま考える事を放棄する。今の私には決断しかねない。そう判断し踏ん切りを付ける為庭へと続く廊下へ足を向ける。容赦なく生を喰らう姿を見れば決心できると思ったからだ。息を殺し庭の様子が窺える和室からその食事風景を観察する。時間にしてみればほんの数秒間。立っていられなくなった私は背を壁に預けズルズルとその場に座り込んだ。興奮で声が漏れぬよう口を両手でしっかり押さえて。冷たい夜風が頬を撫ぜ上気した顔を冷ましてくれる。可哀想な猫。お前に住処を与えてやった主はその死を悼んではやれないようだ。庭に等来るんじゃなかった。顔を僅かに歪めながら思い。その武者振りつく喰い方といい、愉悦の表情といい、判った事は私はどうしようもなく彼に惹かれてしまうということだ。...可哀想なのは猫だけじゃないかもしれないな。ふとそう思った。殺,した猫に“ご馳走様“と言える位には良識があるみたいなのにこんな奇人を親に持ってしまった砂乱も十分可哀想だ。だけれど私はきっと彼を手離せない。和室の隅に座り込みながらそう確信せざるをえなかった)
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