継 2024-04-18 08:43:30 |
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突然ですが、座敷童子ってご存知ですか?
妖怪ではあるのですが住む神とも言われ、見た者には幸福が訪れる上に家に富を齎すとも伝承があります。
まあ、少し悪戯っ子な面もあるようですが。
これは僕が体験した、座敷童子との話です。
春風が温い5月上旬の頃、一人旅が趣味である僕はI県に旅行に行きました。街に留まらず遠くの山を見れど桜が満開であり、都会と違い澄んだ空気が心地好く絶好の旅日和。
今回の旅の目的は、オカルト好きな友人に頼まれた「座敷童子と会うこと」でありました。
何を馬鹿なこと、と鼻で笑う方もいるでしょう。僕もその一人だったのです。
その一方で友人は大のオカルトマニア。本来ならば友人がこの場に来ていた筈だったのですが、前日に高熱を出し急遽押し付けられるままに電車に押し込まれたのです。
傍迷惑、とでも、帰ったら言ってやるつもりでしたが、美しい景色と観光地への満足加減でそんな気持ちも薄れて。結局I県での一日を堪能しました。
程よい疲労感のまま、残すは今回の旅のメイン
座敷童子に会うこと
だけとなりました。友人に指定された旅館は年季を感じれど、何処か懐かしい雰囲気を纏う場でした。女将さんに案内されるがまま、部屋に通された僕は座敷の平凡さに安堵しました。
何せ相手は妖怪や神の類、おどろおどろしい部屋に通される…。否、友人のことですから敢えてそんな部屋を予約したのではと勘繰っていたからです。
友人を信用、ですか。してますよ、恐らく。
座敷に通された僕は、夕飯までの時間を持て余し温泉に赴くことにしました。程よい疲労感に、少し熱い湯が染み入ります。我ながらおじさんのような溜め息が零れた途端、
ばしゃん
と背後で音がしたんです。
他のお客さんの邪魔になったかと、軽く会釈をしそそくさと湯に浸かりつつ端へ移動します。たしかに今のは僕が悪い。温泉からの景色は、絶景…という訳ではありませんが、遠くの山に桜が群れをなしたように広がっています。
ばしゃん
今度は斜め後ろから聴こえました。
ばしゃん
水面を強く叩くような音です。子供の所為だろうか、それにしては静かだし、咎める親の声だってしません。なんだか気味が悪くなり、外が仄暗くなって来たこともあり、そそくさと温泉を後にしました。
部屋に戻って一呼吸吐いた頃合い、仲居さんが夕飯を運んでくれました。年季の入った旅館にしては気合いの入った料理に舌鼓を打ち、あれよあれよと寝支度を整える頃には温泉での出来事なんて既に忘れ去っていました。
白く清潔な布団に横になり、目を瞑ります。意識が薄ぼんやりとしてきて微睡んでいた僕は、パタパタと周囲を走り回る音で頭が覚醒しました。一瞬、夢と判別がつきませんでしたが、身体が鉛のように重く指一本たりとも動かせません。せめて悪い夢であれと、目を瞑ったまま願います。
足音は数分続き、金縛りが解放された頃には座敷に静けさしか残っていません。
良かった。胸を撫で下ろし、周囲に異変がないか確認する為に目を開け──
僕は絶叫しました。
視界いっぱいに映る男児の顔。病的なまでに白い肌と古めかしい着物を纏った男児が、僕の顔を覗き込んでいたのです。
座敷童子。そうだ。そうだった。僕は座敷童子に会いに来たんだ。否が応でも実感せざるを得ない状況下、目を開いた僕に、その子はにっこり笑います。
「おにいちゃんの汚れ落としたよ」
「だから代わりに、おにいちゃんの何かを頂戴よ」
汚れ?代わり?
頭が追いつきませんが、その子が姿勢を正したことによってすぐさま布団から飛び起きます。小学校低学年程の男児は、変わらず笑顔で頬をふくふくとさせながら期待の眼差しを向けてくるのです。
余談ですが、当時の僕にはその子と同じくらいの年代の弟がいたことから、恐怖心が引いていくのを感じます。
「お菓子は食べられる?」
それでも依然、上擦った声音で僕は問います。男児はこくりと深く頷きました。それを合図とし、リュックに手を突っ込み探ります。確か、確か。
弟に土産のつもりで買った、鮮やかな色合いを小瓶に詰めた金平糖。布団の方へ戻った僕は、正座姿で男児に差し出します。受け取るなりパッと明るくなる表情は、弟を彷彿とさせました。可愛いな、とさえ思ったのです。
「ありがとう!」
「また来てね」
それだけ言い残し、男児──座敷童子は金平糖の小瓶を片手に走り去りました。
残った静けさと胸の動悸だけが、現実だと突きつけてくるのです。結局その晩は寝つけず、朝早くにチェックアウトを済ませ新幹線に乗り込んで。漸くそこで緊張感が解れ、眠りにつけたのです。
東京駅で降り、そのまま近くの喫茶店で友人落ち合わせました。一連の話を聞いた友人は大興奮。自分が行けなかったことを心底後悔している様子でした。
そんな彼に、胸のつかえを吐きました。
「汚れ、ってなんだと思う?」
「単純にお前が汚いだけじゃないのか。とでも言いたいけど、お前観光で水場に寄ったか?」
「寄った。崖が近くてあまり水場とは言えなかったけど」
「考えられるのは〇〇岬だな。あそこは自殺者が多い。大方変なものでも憑いたんだろう」
納得がいきました。温泉で聴いた謎の水音はそれの所為で、座敷童子は親切にそれを祓ってくれたのだと。
僕自身はもう一度赴く気はないのですが、これから座敷童子に会いに行く予定のある方がいれば、どうぞ参考にしてください。金平糖を買うのを忘れずに。
長々と失礼しました。
これが僕の人生に於ける、少し怖いような変わった話です。
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