継 2024-04-18 08:43:30 |
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【同じ写真】
まだ私が5歳の頃の話。
次女の出産を機に、わざわざ県を跨いでやって来た父方の祖父と観光をしていたんです。そこは鮭が有名で、民家や観光施設にも鮭が吊るされていて。
祖父にはそんな光景が物珍しかったのでしょう。
「A子、せっかくだから一緒に写真を撮ろう」
そう私に提案したんです。
母方の祖父にカメラを頼み、シャッターが二度押されました。同じ写真を2枚。
時が過ぎ両親が離婚し、私が小学校高学年の頃でしょうか。此処ではまた別の話に逸れてしまうので省きますが──訳があり、私と母と妹は父方の祖父と共に住んでいました。
父親代わりに世話を焼いてくれた祖父の趣味は、ホラー番組やレンタルビデオ屋で借りたホラー映画の鑑賞。私も一緒になって楽しんでいたのが、今ではとても懐かしく感じます。
「そうだ、A子に見せたいもんがある」
夏休みも終わりに近い夕方頃、突然祖父が言い出しました。
私の応えを聞く前に、祖父はプラスチックケースを漁り始めました。不思議に思い、近づいて傍らにしゃがみ込みます。
祖父の手には写真がありました。まだ幼い私と祖父が鮭の吊るされた土産屋を前に笑顔で撮った写真。
それが2枚。同じ写真。の筈でした。
片方はなんの変化もない、ただ私と祖父が笑顔で映る写真。
もう片方は、私達の周りに沢山の骸骨のようにやせ細った人間らしき顔が幾つも写っています。それも私達を囲むように。
顔は同一人物ではありませんでした。
その骸骨のような顔の表情こそバラバラでしたが、何かを訴えるかの如くハッキリと写っているのです。
思わず叫び声を上げました。
私が泣いてしまった事で、祖父はすぐに写真を再びプラスチックケースの中にしまい込みました。お菓子を食べよう、と提案する祖父に頷きつつ、普段通りの優しい祖父に安堵しました。
中学に上がると同時に祖父との同居を解消し、私と母と妹で、祖父宅の近くに部屋を借り住んでいました。当時はよく祖父宅を訪ねており、毎回快く歓迎してくれていました。ただ、極稀に、プラスチックケースを収納した押し入れの方へ気を取られる事もあったのです。
そんな祖父は一昨年肺癌が原因で亡くなりました。
疎遠になっていた叔父が、一人暮らしの祖父の私物を片付けたようで、あの部屋には今はもう違う住人が住んでいます。
あの同じようで異なる写真はどうしたのでしょうか?
叔父が供養してくれた事を祈り、このお話を投稿させていただきます。
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