カムパネルラ 2024-01-31 16:56:51 |
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>牡羊座
(大事に大事にしてきた想い出を、彼はこれ程熱心に聞いてくれる。だから余計に口は弾んで滑らかに、自身の持つ語彙を余さず掬ってより鮮明と心を伝えたくなるのだ。「あんまし褒められっと照れてまうなァ。」お喋り冥利に尽きる眼差しと言葉が届いて、軽口ではあるが言葉と寸分違わぬはにかみを返した次に問われたのは幼い自分の事。尋ねてくる所作の懐っこさを、甘やかす年上の温かな笑みで包んだ後、「ふふ。俺ん小ちゃい時は、落ち着きば無くての。夏でも冬でも枝ば片手にあっちこっち跳ね回って、木登りして、たまに掴み合いの喧嘩もして……いやァ、やんちゃ坊主だったなァ。」話し出すのは雛芥子のあの子に出会う頃と変わらない辺り。元気も元気、“子供は風の子”を体現した溌剌さを、木枝を振るように握った拳を揺らす仕草や、自身の襟元を掴んで引く仕草など身振り手振りを交えて示す。「そんで、やれ花が咲いてただの、雲が何々に見えただの――毎日毎日家族さも友達さも、飽きずにその日見付けたもんを喋っとる子だった。」ぱっと両手共に開いた区切りに繋げるのは、今とは違っていた子供の自分の、誰が相手でも明朗で流暢に声を掛ける今と同じ積極性。「……あとは勉強も苦手だったねェ。本を読むのは好きだったばって、いざ机に向かうのはどうも駄目で……そんでも家族は“元気に正しくあれば良し”と、まァ目一杯めんこがってくれたなァ。」最後に僅かばかりばつが悪そうに眉を垂らして語るのは、初恋に出会ってから一番変えられた部分。それが巡り巡って教師になる程にがらりと塗り直された人生を、いつだって受け入れ愛してくれている家族の事にも触れて話に読点を打つ。「……羊君の小ちゃい頃にも会いたかったなァ。貴方さんが覚えとらんでも、きっと良い子だったのは今の羊君から伝わるはんで、今日と変わらず“友達さなろう”と声ば掛けとったべな。」また戻ってくるのは彼の幼少期への言及。もしも同い年に出会っていたら――叶いはしなくとも、前向きに想いを馳せて、「でもそれがやんちゃ坊主ん頃じゃァ、俺ァお兄さんぶって手ェ引っ張って歩いとったかもしれん。昔は弟ば欲しくて母様父様におねだりしとった口だはんで。」しかし父母を困らせた幼い望みを思い出した拍子に声を吹いて、ひょいと肩を竦めて笑う顔は、語った通りの“やんちゃ坊主”の陽気で悪戯な表情。そこまで想像を広げて漸く、憩う長い一息と共にゆったりと座席の背凭れに身体を預け、「……いつの出会いでも、貴方さんとなら楽しい事には違いないねェなァ。これ、今だって楽しくて仕方無ェ。」歳を重ねた相応の落ち着きをまた着直して、けれども弛んでしまって仕様の無い面持ちを、爪の彩られた指で差して飾らない己が喜楽を彼に伝えて、「羊君はどうだ。今のひと時――俺とのお話、楽しいかの?」答えは解っている、知っている――それでも聞きたくなった浮かれる心と期待を乗せて、緩やかに首を傾げながら内緒話にも似た柔い音を彼へと向ける。)
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