死生契闊も程々に　〆

( / 此方こそ、主様のとんでもなく魅力的なご提案とその想像力に脱帽するばかりです。お話しているうちに此方もどんどん新しい案が湧いて、背後の遣り取りも楽しませて頂いております！
かしこまりました。では此方も背後は失礼致します。引き続きよろしくお願い致します！)


聞いてたッての！別に良いだろちょっとくらい！
( 最上階から地上へ降りる浮遊感を楽しむという目論見は叶わず、恐ろしくドスの効いた声に狭い密室の中で無遠慮にギャアギャアと喧しく騒ぎ立て。無論寸刻前の相棒の話を聞いていたはずも無く、現在に至ってもこれから過ごす部屋の所在は知れない。ただ目の前の玩具を取り上げられた事に不貞腐れながら、引き摺られるように同じようなドアが並ぶ無機質な廊下を歩み。その間も勿論大人しくはしておらず、等間隔に並んだ扉の横にくっ付いているスイッチの存在に気がつけば好奇心の赴くまま人差し指でそれを押し、廊下に電子音を響き渡らせ )

聞いてた奴のやる事じゃ───ッおい！馬鹿！
( 喧しい反論に対し、今現在言った事が全てだとでも告げるように睨むような一瞥を残し。後数歩で自宅。徐に弛緩する意識は静かな廊下に響く電子音にて急激に引き戻され。想定外の行動に動揺を通り過ぎ、剣幕を湛え吼えれど偶然にも隣室の主は不在らしく、顔を出す気配のない扉に安堵の息を吐いて。心中で謝罪の言葉を並べながら空いた片手で503号室を解錠し、革靴を揃えて脱げば腕を引き玄関に上がれと促し。オマケで追加された説法を一息で言い切れば、拘束していた相棒の手首を解き )
お前の鳴らしたアレはインターホン。来客用のものだからお前は鳴らす必要がない、…恐らくこの先も。それと玄関で靴は脱ぐこと。分かったら上がれ。

ア゛ァ！？うるッせェ、馬鹿はオマエだろ！
( 突然怒声をぶつけられれば反射的に同程度の熱量で応じ、静まり返った廊下に轟く声が空気をピリピリと震わせ。専ら連行の様相を呈して招き入れられた室内に足を踏み入れる間際、聞き流した説教の終わりに行動を見透かされたかの如く釘を刺されると渋々革靴を脱ぎ散らかし。ついでに靴下、ネクタイ、カッターシャツとこの身を戒める窮屈な衣服はリビングへ向かう途中の廊下に脱ぎ捨て、上裸になれば漸く解放感を味わい家主を差し置いてずかずかと踏み込んだ部屋の中央で無遠慮に巨大な翼を開き )
ッはァ──…。やァっとあのジメジメしたとこから解放された。

俺は靴を脱げと言ったんだが。──その、どれくらい居たんだ、監獄に。ここが今日から暫くお前の家になるから、幾らでも寛いでくれて構わない。後で現月の部屋も案内する。
( 廊下に散らばる衣服を回収しつつ独り言ちるも、否が応にも酷く目を惹く巨大な翼に半分とはいえど悪魔の血潮が流れている事を実感させられて。任務で幾度か目にしたが、改めて間近で見る異形とも呼べるそれに思わず魅入ってしまい小さく息を呑んだのも一瞬。つらつらと並べる説明は相手の鼓膜へ届いているのか不明瞭だが、飾り気の無い簡素な部屋のリビングの入口に凭れ、不器用な労り混じりの言葉をかけて )

あ？……いちいち覚えてねェな、ンなこと。
( 伸びをするように双翼を広げ幾度かはためかせると、満足したのか畳み込まれたそれは背中へ沈み馴染むように肩甲骨の一部となり。その僅か数十秒の間、背後から発せられる問いに無感情に答えるが“現月の部屋”という言葉にはぴくりと反応を示し其方を振り向いて。無邪気にも瞳を輝かせながら相手の元へ歩み寄れば、猫背を更に折り曲げて無遠慮に顔を近づけ )
部屋あンのか？俺だけの？

当たり前だろう。まだベッドとカーテンしか用意できてないが、お前だけの部屋はある。──…革靴、利口に揃えて来たら教えてやるから。ほら、早く行け。
( 数秒の間を置いて鼓膜に届いた返答に感情に色は無く、問い詰める気もない為短に相槌をうち。幾度と見た光景であれど人間には到底困難であろう一挙一動に、美しいとすら感情を抱くも相手は地下深くに監禁されてた程の怪物に近しい人物と思い返し複雑な表情浮かべ。混じり気のない無邪気な様子はまるで幼子、縮まった距離に臆することなく交換条件を提示し。脱ぎ捨てた衣服を改めて抱え直し、指差すは相棒が先刻脱ぎ散らかした革靴で )

…ハイハイ、わァったよ。
( 相手が指差す方へは反射的に顔を向け、散らばった革靴が目に入るなりお預けを食らう不愉快を隠そうともせず憮然とし。しかしながら言われるまま素直に玄関先にしゃがみ込み自分のそれよりも一回り小さく、綺麗に並んだ靴の隣へ真似るように揃えた革靴をぴたりと寄せる。再び相手の傍へ歩み寄り仏頂面で睨め付ける形相は、表情全体で“これで文句ねェだろ”とたった数日間で呆れる程精神年齢の低い半悪魔の扱い方を随分と心得たらしい相棒の振る舞いを疎むようであり )

よし、よくやった。空き部屋を片付けただけだから文句は受けつけないぞ。
( 廊下へ向かう背中を確認するなり洗面所へ足早に向かい、相棒が脱ぎ散らかした衣類を全て最新式のドラム式洗濯機へ投げ入れ。特殊な技法で形作られたスーツに高性能の洗濯機は相性が良いのか、毎度綺麗な形状のまま手元に戻る。高性能の文字に踊らされ、かと言って趣味や煙草などの嗜好品に手を出す質ではない為嬉々として購入したが、今後更に働いて貰うのだろうと漠然とした所感が頭を過り。早速舞い戻れば仏頂面の相棒の視線が痛い程突くが、何事もなかったかのように口を開き着いて来るよう顎で示し )

良いから早く連れてけよ。
( 与えられる部屋に言及されれば先程までの不機嫌な振る舞いは何処へやら、一変して嬉々と急かす顔には“待ちきれない”と書いてある。促されるまま背後にくっ付いて歩き出すが、どれ程好奇心を唆られようと集中力が持続しないのが性分。数歩歩けば今度は窮屈なスラックスに意識が向き、前を行く背中へ不満をぶつけ )
...なァ、これ動き辛くてウゼェんだけど。これじゃねェヤツが良い。

確かに四六時中スラックスはな…。スウェットかジャージ、Tシャツ辺りは頼んでおく。
( 無邪気さを孕んだ声音と後方から聞こえる足音、若干の距離の近さを覚えたのは束の間。早速相棒の部屋を開け電気をつけて簡素なまでの光景を顕にさせ。自身は開け放した入口付近に凭れ、口元に手をやればぽつぽつと独り言ち。衣服程度の支給は直ぐ降りるだろう、但し翼のことを考慮すれば特別仕様となる筈で。思考巡らせ大体の目安をつけては一旦試案を提示し、顔上げては相棒の反応を窺い見て )
3日程は俺のものを貸す。寝る前に訪ねてくれ、真正面が俺の部屋なんだ。

うわッ、なんもねェ！
( 自分から装いに関しての文句を垂れておきながら、目の前にこれから自室となる簡素な部屋が現れれば意識は根こそぎ其方に向かい。上げた第一声は普通に聞けば不満に他ならないが、他意の無い純粋な思考がそのまま口から出ただけに過ぎず、現に言葉に反し浮かれた足取りで小さな部屋の中をウロウロと動き回っており。当然背後から聞こえる声が耳に届いているはずも無く、据えられたベッドに飛び込めばそれなりの体重のある巨躯を受け止めた木枠は悲鳴に近い嫌な軋みを響かせ )

…おい、聞いてなかっただろ。
( 足早に歩み寄っては寝転ぶ相棒を上から見下ろす形にて両腕を組めば、如何にも不服気に眉間に皺を拵え文句を垂らし。但し彼の言い分は尤な現状であり、せめてもの家具はベッドに一つに窓枠を飾るカーテンでさえ適当に選んだもの。情けに程近い感情に突き動かされ、暫し逡巡した挙句に提言し。ここ数日で把握した相棒の落ち着きの無さが静まったタイミングと、この距離であれば嫌でも届くだろうと高を括り )
他に必要なものがあれば遠慮せず言え。全てが通るとは限らんが。

美味い飯。
( 長年監獄で過ごしては贅沢品の類もそれが与えてくれる快楽も知らず、一体今自分に何が必要なのかも把握していない。唯一挙げるならば、と仰向けに寝転んだベッドの上で組んだ足をゆらゆら揺らしながら答え。しかし不意にその足を傍らに立つ相手の膝裏辺りに回して此方へ引き寄せると、片手をマットレスについて体を起こし。首元を戒める首輪を見せつけるように顎を上げ親指をそれに引っ掛ければ、笑みを浮かべ吊り上がる口角の隙間から犬歯を覗かせて言葉を続け )
…あとコレ、外せよ。

随分お手軽な要求だな。その程度、今からでも簡単に叶えてやれるが。
( 簡素な一言で締め括られた要求に瞠目するも、直ぐに片口角を上げて了承。監獄の中では質素な飯か、はたまた“半悪魔”故に何も与えられなかったからか。一縷の哀れみが安易に薄れたのは、相棒によって姿勢を崩されたからであり。不意の行動に対し素早くベッド縁に手を付き、笑み湛える表情と相反し不機嫌面で脚を解けとパシと叩き、十二分に分かっているだろう返答を嫌味に程近い軽口を添え応じて )
それは出来ない。分かってるだろう。それとも監禁生活で記憶力も落ちたのか、半悪魔。

…分かンねェな。オマエらはいつも俺がしてェ事全部ダメだって言う事以外は知らねェよ。どうせ今だって俺が外行きてェって言ったから此処に居ンじゃなくて、良いように使われてるだけだろ！だから人間は嫌いなンだよ！オマエもアイツらと同じだ！バーカ！！
( 嫌味によって挑発されれば単純な思考回路はまんまと怒りに塗り潰され、みるみるうちに表情を曇らせると解いた足で地団駄を踏むように床を蹴り。早口に捲し立てる様は少々口が立つ子供の癇癪と殆ど変わらず、一息に言葉をぶつけると終わりには無知故の拙い暴言を。それだけでは飽き足らず偶然にも手元にあった枕を手に取ると、昂る感情に任せて前へ立つ相手に向かって力の限りに投げ付け )

撤回しろ、俺はバカじゃない。…お前をお上がなんのつもりで俺に宛がったか知らないが、今回は違うと言い切れる。勘は良い方なんだ。
( 逆鱗に触れたのか幼子のように癇癪を起こす相棒の言い分を静かに聞き届け。一挙一動は見た目に対し不相応、しかし一貫して痛い程に伝わる思いは彼なりの気苦労を感じさせるもので。漸く一文字に結んでいた無愛想な口元を弛め発話しようとした瞬間、こちらを目指し力任せに飛んだ枕が思い切り顔面に直撃し刹那息が止まる。重力に逆らう事なしに掌に落ちる枕に視線を落とし、暫しの沈黙の末それを片手で引っ掴み投げ返した事に満足したのか小さな笑みを浮かべ )
兎に角、今はこの生活に慣れろ。お前の平穏は俺が保証するから安心して良い。

う゛ッ、… …ンだよそれ。適当な事言ってンじゃねェ。
( 頭に血が上るあまり反応が遅れ、同様に枕を顔面に受け止めれば籠った呻き声を漏らし。苛立ち紛れにそれをベッドの脇に投げながら言い返そうとするが無い語彙力がそれを阻み、その上納得しない答えのはずがどういう訳か心が凪いでいくようでもある。投げかけた言葉に対し手触りや温度を感じさせるような言葉が返ってきたのは初めてで、反応に困っているのか口籠った末に項垂れて口喧嘩に負けた負け惜しみのような声で口にし。戦意を削がれベッドの上に再び寝そべると、憮然として天井を見詰め )
…何か美味いモン食いてェ。肉。

適当に焼肉でいいか。平行世界に行くから、目立つ挙動はしないように。約束出来るな？
( 先刻の自身と同様、枕が顔面にヒットすれば軽く鼻で笑い。奥歯に物が挟まったらしき相棒を見詰めるも、落ち着いたのか不貞腐れたのか見極めるには判断は差し詰め曖昧だ。先刻の癇癪より幾らか落ち着いた様子の相手が発話するは腹事情。スーツのジャケットの内ポケットから銀造りのやや古めかしい鍵を取り出せば、雑なリクエストを寄越した張本人が横たわるベッドへ近付き視線を合わせ真面目な口調で釘を刺し )

できる！
( むくれて眉間に深い皺を刻み天井を睨み付けていたところ、何やら何時にも増して生真面目に発せられる言葉の中に“平行世界”と聞けばそれ以降の忠告は勿論一つも耳に入っておらず。そこがどういう場所なのかはよく知らないが、悪魔についてを知る上で何度か耳にしたことのあるその場所は憧憬を抱くには充分すぎる世界であり、途端に表情を輝かせ答えるが殆ど脊髄反射のようなもので、自分自身が一体何に関して同意したのかも把握していない始末。とは言え心は浮き立ち勢いよく体を起こすと落ち着かない様子でベッドから降り、鍵を握るその腕をぐいぐいと引っ張って急かし )
なァ、早く行こうぜ！

靴履けよ、───あ。
( 無邪気且つ元気一杯な返答に僅かばかり不安感が募るが、途端に輝く満点な表情に戒めの言葉を詰まらせ。落ち着きなく腕を引く相棒を逆に導くように先導し、玄関口で自身の革靴の真隣に律儀に備えられた一回り程大きなそれに漸く注視し、思わず驚愕滲ませた言葉ともつかない声を漏らして。初対面の頃には考えが及ばない行為に、表情に出さずとも喜色に溢れる心持ちであり。鍵を握り直すと相棒の挙動を窺い見て、扉の内側にも設置された鍵穴に鍵を差し込み回せば鈴の鳴るような音が仄暗い廊下に響き )
準備はできたか？…頼むから逸れるなよ、探すのは結構面倒なんだ。