匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
通報 |
……いえ。飲み終えたらすぐに、眠ります。
(閉じていたことさえ知らず瞼を開いた先、波一つ立たぬミルクの水面に冴え冴えとした新緑の残像が浮かぶ。生まれたての真っ新な陽射し、声を潜めて囁き合うかのような風の騒めき、広大な森を探し歩いた玲瓏たる朝露、自身を脅かす者の居ない解放感――つい先刻まで浸り切っていて、そして今は縹渺とした記憶としてしか存在しないそれらは、すぐ傍から響いた低い声によって光が散乱するかの如く消え失せ。微睡むように薄く開いていた瞼を更に持ち上げれば、視界には常と違わぬ主人の不機嫌そうな顔。開口一番に掛けられた問いから先程まで現実と見紛うほど鮮明に映っていたものは彼が見せた幻なのだと悟っては、それを実行した意図を汲み取り適切な回答を導いて。幸い胸の辺りに付き纏っていた正体不明の不安感は幾らか薄らぎ、鳴り方の大きくなっていた鼓動も規則性を取り戻しつつある。もう不吉な夢の残滓によって睡眠を妨げられることはないだろうという予測は使命感が先行する楽観だとしても、精神的な症状に対し自身の思い込み以上に強い薬はなく。温かさを全身で感じ取るように木製のマグカップを両手で包んで持つと、表面を一吹きした後に印ばかり口をつける。魔術で見せられた幻より今この瞬間の方が余程現実感が無いのは、一日の間に長く眠り過ぎたせいか、熱に浮かされていたせいか、密やかな夜のせいか、それとも自身に降り注ぐ幸運を上手く受け止められぬせいか。ふっと湧き上がった疑念は空想癖のない自身には珍しい類のもので、加えてそれを口に出してしまったのは起き抜けと眠る前の微睡みの狭間に在るが故。本当に相手が夢の中の存在であるとするなら彼に答を求めるのは不適当ながら、様々な記憶と幻とが入り乱れ混濁した頭ではそこまで思考が回らずに)
――リヴィオ様。ここは……、夢の中ですか? どこからどこまでが、夢ですか……?
トピック検索 |