匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
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(自身にとってもそうであるように、毎食の調理を命じた彼にとっても食事は栄養素を摂取する以上の意味を持たぬ行為のようで。棘も強圧もなく思いの外すんなりと許された願いに対応する命を受け、暫くの愁いが晴れて憑き物が落ちたような顔で頷いた後は微かに食器類の接触する音が鳴るのみ。団欒など望むべくもない現状と互いの性質だけに余計共に食卓を囲む意図が掴めず当惑するも、拒絶すら感じさせる流麗な所作に乱れを生じさせるのも憚られ、己を満足させるためだけの答を相手に求めることはせずに一口分掬った乳白色ごと嚥下して。そうしているうち自身より余程上品に食事を進めていた主人の器が先に空になったなら、直ちに部屋の取り替えが行われるものと思いきや、彼の腰はやけに重く。不審げに視線を上げれば苦悩する面差しがそこにあり、やがてそれは斥力でも働いたかのように此方から背けられ。難儀して漸く固く結ばれた口唇から零れ出したのは、素っ気ない語勢に反して配意の色濃い問い。そのちぐはぐさと向けられ慣れぬ注意の矛先とに、この場だけ声の伝播が極端に遅くなったかのように何の反応も取れずにいては、主人に不便をかけていながら呑気に安らいだなどと答えて良いものかという思いと、自身の安静の為の数日を徒労に終わらせてはいけないという思いを天秤にかけ、心の内など顧みないまま打算的に肯定の返答を導き出し。しかしこれまで最適と信じて疑わなかったその定石が今回に限ってはひどく不実に感じられれば、目線は後ろめたさを伴って己が手元へと落ち。中指に艶めく漆黒の指輪に目が行くと、先の解を裏付けるような仄かに無意識の透ける事実に今更心付いたような口振りで)
……はい。……悪い夢も、あれから見ていません。
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