匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(向けられたのは、不可解と疑念の入り混じった声。ぴたりと立ち止まったそこから、こちらに手を伸ばしかける相手をじっと見つめ返す。今朝からついさっきまで、彼女はおそらく努めて明るく振る舞いつづけていたはずだ──しかし今や、整った眉は訝しげに顰められ、若葉色の透き通った瞳は戸惑いに揺れている。誤魔化せなかったか、と目を閉じて小さく嘆息。逸らした視線を地面に落としてしばし思案すると、やがて小さくかぶりを振り、とりあえずは休憩に入ろう、と手の仕草で軽く示して。相手を連れて人混みの中を歩きながら、躊躇いがちにゆっくりと言葉を探し。)
……ずっと昔に、剣の稽古をつけてもらったことがある。そうは言っても、たった一年くらいの話だ。
(一分もかからず辿り着いたのは、建国祭の運営スタッフに水や食事を無償で配給する店として指定された屋台のひとつ。腕章を見せて名乗れば、腕に入れ墨を淹れた店主の男は威勢よく注文を受けて調理しはじめ。程なくして、薪焼きソーセージと数種類の野菜を挟んでこんがり焼いたバゲットサンドが、茶色い紙包みにくるまれて差し出される。ついでに手持ちの皮革製の水筒に氷水を注ぎ足してもらうと、相手の注文した品が出来上がるのを待ってから、多少腰を落ち着けられそうな場所を探してまたゆっくりと歩き始め。──無言でいるこの間にも、ギデオンの頭の中には、迷いや葛藤が激しくせめぎ合っていた。自分は上手く自覚できずにいるが、かつてのマリア曰く、自分は思っている以上に、あのひとに……シェリーに囚われている人間だ。そうと知っているから、彼女の遺したひとり娘と密に接するとき、彼女のことは忘れ去るよう徹底してきた。万が一にでもおかしな態度をとってしまえば、自分の綻びが明らかになる、ヴィヴィアン本人との関係にも暗い影が差してしまう。それを避けたい一心でここまで来たというのに。……彼女の娘に、それを抜きにしてもこうして一緒に過ごしてきたヴィヴィアンに、シェリーとのことを深く尋ねられるのは避けたい、そんな思いから、また目を合わせぬまま距離をとるような物言いをして。)
……隠してたわけじゃない。が、もうずっと前に亡くなった人の話だ。わざわざ掘り起こすことでもないだろ。
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