匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(自身の心の持ちようにどこまでも無自覚な、ギデオン・ノースにしてみれば。相手の娘、ヴィヴィアン・パチオのその剥き出しの愛の台詞は、酷く唐突に聞こえたはずだ。何をいきなり、なぜそこに話が戻る、何をそんなに必死な面で。本来そんないろいろを、目を瞬いた上の眉間に皴のひとつでも寄せながら、ため息交じりにぼやくつもりが……しかし、実際のギデオンはちがった。その気配こそうっすらとだが、静かに凍りついていたのだ。
引き戻される──否応なく──もう二十五年も前の、色褪せたはずのあの夏に。もう遠い記憶の向こうで霞んでいたはずのあのひとも、今ここにいるヴィヴィアンと同じことを言っていた。……いや、違う。あのひとの目は違う。たとえよく似た翠緑だろうと、恩師シェリーの瞳には、こんなにぎらぎら燃え盛る眩い激しさはなかったし、こんなにギデオンただひとりにがむしゃらな顔もしちゃいなかった。あのひとはもっとずっとおおらかで、穏やかで……けれどいつも、どこか少し哀しげで。その陰を隠した笑顔からずっと目を離せずにいたのは、ギデオンの方だというのに。彼女は酒焼けでしゃがれた声で、それでも……心底愛おしそうに。
──ギデオン。
アタシがアンタの面倒を見るのは、ギルドにやらされてるからでも、雑用係が欲しいからでもない。
アンタのことが可愛くて、そうしたいから、そうするだけなんだよ。
アンタのことが、大事だからだ。)
────……
(──しかし、それでもかろうじて。表に現れる動揺は、頼りなく揺れ動く薄青い双眸のみだった。それが一度横に逸れ、どこへともなく落とされたのは、ともすればきっと、ただ単に相手の言葉に心が動かされたように見えもすることだろう。それはあながち間違いではないのだが、しかしこの時のギデオンは、もっと深くにあるものを見過ごしてしまうべく、それを装うことにした。──拳を上に持っていき、彼女のまろやかな白い額を軽く小突くふりをして、ふわりと仕方なさそうに笑う。これはあくまでこのふたりの会話だと、自分に言い聞かせるように。)
……言ったろ、「お前を頼りにしてる」って。
ちゃんとわかってるから、そう心配するな。
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