匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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ッ、おい、気を付け──……
(外から差す陽に照り映える、あどけない娘の横顔。それを見てくれこそ気怠げにじっと眺めていたものの、突然の揺れに目を大きく見開いたのは、ギデオンもまた同じ。──それでも、籠手付きの手を咄嗟に伸ばして娘の頭をどうにか支え。そのまま床から抱え起こす……かと思いきや、その両頬を包み込むようにして後ろから上向かせ、睨むようにして覗き込む。こちらの座席の鋭い角に頭を打ちつけでもしていたら、いったいどうするつもりだったのか。そんな、思えばこの頃から発動していた過保護気味の心配から、剣呑な声を落としたものの。その気配をふと掻き消して馬車の前方を振り向いたのは、馬車が急停止すると同時に、声が聞こえてきたからだ。「ああっ、まずい──止まれ、止まれ!」と。)
(──結論から言うと、幌馬車での旅路はそこで一旦中止となった。先ほど馬車が大揺れしたのは、巨木の根を回り切れずに勢いよく乗り越えたからで、このとき、巨木に絡んでいた寄生植物の太い蔓が、車体の下の複雑な車輪に巻きついてしまったらしい。そのせいで、頑丈なはずの車輪の一部が大きく歪んでしまったとか。帰路での事故を避けるためにも、蔓を慎重に切り離すほか、車輪の部品を新しく替える必要があるそうだ。
それならそれで構わないと、幌馬車の御者と護衛は、この近場の集落にしばらく置いていくことにした。どのみちこの一帯がエジパンス族の住処のはずだし、馬車の入れない鬱蒼とした森林には、冒険者である自分たちだけで分け入っていく必要がある。かれらと一度別れると、ヴィヴィアンとふたりきりでもう一度森に戻った。日が落ちるまであとわずか……野営を構えるその前に、この辺りの様子のことは少しでも知っておきたい。)
(──がさり、がさりと、蜜に絡んだ下生えを踏み分けて、緑の斜面を登っていく。戦士装束に身を包んで遠い山林に繰り出すのは、実に二週間ぶりだった。たかが半月、されど半月……特にこの数日を思えば、自分自身が現地に出て自由自在に行動できる、これの何と喜ばしいこと。腰に下げた魔剣の重み、そして肺にたっぷり吸い込む森の大気は、こんなにも心地良くしっくりくるものだったろうか。
ベテラン戦士のあるべき姿として、大コスタに近い森を慎重に見渡しつつも、普段は澄ました薄青い目は、どこか生き生きと、少年時代に初めて遠征に出た時のように揺れ動き。時折相手を振り返って声をかけるその響きにも、どこか寛いでいるような、のびのびした気配が乗って。)
……、気になる薬草を見つけたら、好きに採集するといい。集落の許可はとれてるし……お前も土産が欲しいだろう。
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