匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(相手の漏らした呟き声があまりにあどけなく聞こえ、思わずふっと笑みながら薄青い目を投げかける。シルクタウンの帰りの馬車でも思ったが、ヴィヴィアンのこういうところは見ていて非常に好ましい。歳を重ねれば重ねるほど無垢から程遠くなるだけに、若い人間の見せるそれにはつい癒しなど覚えるのだろう。……だがしかし、焚火に明るく照らし出された娘の顔をいざ眺めると、そんな愉快な面差しは、ふと静かに消え失せた。ヒーラ娘のまなざしは、どこまでも混じり気のない煌めきに満ちていて……それが何故か、ごく穏やかに、いたましいと感じたからだ。
──北の辺境で生まれ育った、浮浪児上がりのギデオン・ノースと、華の王都で生まれ育った、名家令嬢のヴィヴィアン・パチオ。たまたま同じギルドで働いている自分たちは、思えば年齢だけでなく、実は身分も随分違う。だがそれでも、国内の祭りをあちこち覗く楽しみは、若い時分に貧乏だった自分の方がたっぷり馴染みきっていて……反対に富める彼女には、ああして遠く眺めるような憧れの世界らしい。厳しい学院をとうに出て独り立ちもしているのだから、実際に行こうと思えば、自由気ままに行けるだろうに。或いはやはり、多忙な仕事の合間を縫って女の身で動くには、何かと不自由するのだろうか。……それとも、“そこに行ってはいけない”という大人に言いつけられた教えを、今もどこかで無意識に、従順に守るせいだろうか。
そんな風に考えたから、最初のそれはただ純粋に、己の後輩を可愛がってやりたいという、下心なしのものだったはずだ。「ヴィヴィアン、」と声をかけ、相手がこちらを見たならば、先に予備動作で予告してから、小さなものをぽいっと放る。──腰袋から取り出したそれは、碑文探しに旅立つ前にギルドの事務から御裾分けされた、包み紙入りの薬飴だ。何でも疲労回復の効能があるとかで、このところやつれていたギデオンを気遣ってのものらしい。とにかく、自分の分も口に投げ入れ、しばらく甘味を味わっていたが。やがてコロ……と転がしていた飴をとどめて、軽く噛み砕いてしまうと、皮革の水筒に手を伸ばしながら、何てことのないように誘って。)
この辺りの郷土料理は、俺も恋しかったところだ。タブレットを回収出来たら……ちょうどいい、付き合ってくれ。
祭はしばらく続くから、終わりがけの手頃な屋台にありつくくらいはできるだろう。
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