匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(この二週間の理性がどれほど脆い代物か、気づけば甘く食んでいた柔い唇で思い知る。大事な話の最中なのだ、満足したらすぐに退こうと、どこかしらでは考えていたはずが……相手の娘がいじらしくも懸命に応えてくれるものだから、それでまた箍が二、三外れて。やがてようやく吐息をこぼし、まだ熱っぽい目を交わせば。「……それで、何の話だったか」なんて、気の抜けきった呟きに、相手と思わず笑い合って。
──こんなにも己の中身を変えられる。しかしそれがこれほどに心地良いことだなんて、自分はこの四十年、全く知らずに生きてきた。そしてこれを、今ひとときの思い出だけにとどめてしまうつもりもないのだと。この腕のなかの娘に、これから先、何年かけて伝えていけばいいだろうか。)
──……っくく。ああ、おはよう。
(ガチャン、パタパタ、と忙しない物音は、それだけで己のヴィヴィアンが飛び出してきたのだと気が付くには充分だ。よく晴れた初夏の昼下がり、こちらもワインレッドのシャツに黒い脚衣といういつもの出で立ちでやって来たのは、ギルド本部での早朝勤務を切り上げてきたばかりだから。懐かしい姿の相手をその胸元にしっかり抱きとめ、可愛らしいことを言われれば、その頭を撫でながら愉快そうに喉を鳴らして。「いいや、聞き捨てならないな。誰に起こして貰ってるんだ?」なんて、相手の寝坊助を揶揄いつつ、戯れに妬くふりを。おおかた同じ寮に住む同じ親しい女性住人だろうが、その美味しい役割は、これからは自分ひとりが独占していいものだ。そんなようなことを、涼しい顔でさらりと言って見せながら、相手と手と手を絡め合って歩いていったその先は、ギルドからそう遠くない場所。今日からしばらくは自分たちのものになる、のどかな通りの一軒家──なのだが。)
……? あれは、
(やっぱりかなりやつれたろう、しばらくは無理をせず一緒に美味しい食事を囲もう、俺はあれなら作れるが……なんて、他愛ない話を咲かせていた矢先のことだ。ふと歩みを止めたのは、自分たちの新居の青々とした前庭に、何やら様子のおかしいものを見つけてしまったからである。
近くまで歩いてみれば、それは黒々とした喉にアヌビス模様の袋を提げた、白い羽毛を誇る生きもの。言わずと知れたカラドリウス、その早生まれの若鳥らしいが、その場でバタバタと小さな羽根をもたつかせながら、上手く飛び立てずにいるらしい。万病を癒すというこの聖なる鳥でさえ、自分がどこかしらに負った怪我は治せないということだろうか。つぶらな瞳でこちらを睨み、ギャッギャッと威嚇鳴きするその存外な気性の強さに、思わず目を瞬かせつつ。──あいにく自分は、魔獣の類いを斬り倒すしか能がない。何かわかるか、というように、隣の恋人の方を見て。)
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