匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(あまりにもいじらしい “ワガママ”の数々に、極めつけがその一言だ。思わず居室の天井を仰ぐようにして仰け反ると、耐えかねたような呻き声を厚い胸板の奥に響かせ。かと思えば、今度はその体躯をぐうと内側に屈め込んで、腕のなかの愛しい娘をきつくきつく抱き締めた。少しばかり苦しいだろうが、こちらとて思い知らせたい。──あまりに大きな幸福感で胸が潰れるということを、こちらは生まれて初めて体感している最中なのだ。)
…………殺し文句にもほどってもんがあるだろう……、
(いっそ白旗を上げるに等しい、情けない恨み言。それをどうにか絞り出すのが、今のギデオンの精一杯で。……実際のところ、もっと他に言うべき台詞、本気の言葉があるのだが、何も用意のない今はただ、腹の底にぐっと押し込めておかねばならない。そのもどかしさの八つ当たりとばかりに、抱き締めた相手ごと大きな体を軽く揺らして、思いの丈を伝えると。しばらくのちにようやく溜飲を下げたらしく、体を離し、見上げさせたその顔は、すっかり満足気に笑んでいて。
「……なあ。すぐにというわけにはいかない、なんて話をしていたが……」と、おもむろに切り出したのは、数日前のあの話だ。無論あのときも腹の内では、のちのちどうにか転がして、ここに持ってくるつもりだったが。きっと今ほどのタイミングは、後にも先にもないはずで。)
明日、王都に帰ったら。一緒に暮らすための準備を、もうすぐにでも始めよう。
もちろん、おまえの体調を見ながら……やれることは、俺がするから。
──お互いこんなに望んでるのに、慎ましく離れておく理由なんて、もうどこにもないだろう?
(そうして、少し乱れた相手の前髪を、愛しそうに顔から避けてやったかと思うと。長いふと房を相手の小さな耳にかけた、その手元を引き戻した時、指にしれっと挟んでいたのは、どこからいつ取り出したのか、どういうわけか折目ひとつも見当たらない、例の書類の幾枚かである。──いったい全体何年前、何のために身につけた手品なんだか。そりゃあ秘密だと言わんばかりの澄まし顔で、これ見よがしに図面をぴらぴら掲げ、自分でも可笑しくなって少し小さく笑ってみせると。
食事をつつきながらもう一度、今度は本気で眺めないか──と、今度は隣り合っての夕餉を、身振りで相手に強請ってみせて。)
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