匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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……、
( 凍土の緩んだ踏ん張りの効かない獣道を、何度か滑りそうになるのを頼もしい腕に支えられながら走破すると、目の前のはだかる魔法障壁にうっと顔を露骨に歪めれば、相棒もまた同じ気持ちでこちらを見ていたようで。手練の冒険者である彼等ならまず簡単に避けられるだろうと、注意喚起もなしに魔法の火炎を放ったのは、その複雑に入り組んだ魔法式に嫌な見覚えがあった故で。古代魔法を礎に見慣れない土着の式が混ぜこまれた、この数日で見慣れざるを得なかったヴァランガの、フィオラの魔術師が組む魔法障壁は、いとも簡単にビビの火炎を弾いたかと思うとその瞬間、これまた聞き覚えのある品のない笑い声が冒険者たちを取り巻いて。
興奮したような引き笑いと共に、「おや、見覚えのある光景じゃないか」そう隧道の暗闇から顔を出したイシュマは、「悪く思うなよ、こんな狭いところで"英雄"にでも追いつかれたら困るだろう? ましてや君らみたいのは……全く卑しい、いつどこで祝杯をひと舐めなんてしてるかも分からないからね」そう白々しくニヤつきながら、当然のごとく障壁をといて冒険者達を招き入れる気は無いようだ。そうして、その間も障壁に体当たりや攻撃を試す男たちなど目に映らないかのように、目敏くビビの方に向き直ったかと思うと。「ああでも、そうだ……お前、」と「惨めに跪いて命乞いをするなら、お前だけなら助けてやってもいい……」と楽しげに続ける男に、今度こそ"くそったれ!"と、覚えたての罵倒をぶつけてやろうとした瞬間だった。「その余裕があるなら私を通して」と背後から響いたのは、彼女もまたあの地獄の最中をくぐり抜けてきたのだろう。あちこち傷だらけで、数日前の様が嘘のようにやつれた蛭女。彼女が肩で大きく息をして、艶を失った髪をばさりと揺らす間も足元の揺れは続き、残酷な白い塊が刻々と背後に迫ってくる。もはや一刻の猶予もない。この小悪党も身内に思うところはあるのだろうか、彼女のために障壁の規則を書き直す瞬間を狙い杖を構えようとした次の瞬間、その必要性は、あれ程強固に張られ魔法障壁と共に霧散したのだった。
その音は、膨大な雪の塊が全てを薙ぎ払いながら斜面を滑り落ちてくる轟音にかき消されてしまったようだった。揺らいだ障壁を通り抜けた女が、男の腕に飛び込んだかと思うと──ぐらり、と。イシュマの身体は地面に倒れ伏し、そして二度と立ち上がらなかった。雪の白い地面に広がる赤い染み、寸前に迫った轟音の中、確かに届いた女の笑い声。消えた魔法障壁の向こうに次々と冒険者たちが駆け込む中、前のめりに倒れたイシュマの隣から動こうとしない女に、いけない、と。このままでは──と、振り返ったヴィヴィアンの背中を押したのは、強く腕を引いたのは、果たして誰、何だったかを、後にビビはこの時の記憶を思い出すことは叶わないのだった。 )
──……あ、だめ、ッ……
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