匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(ふわりと重ねられた両手は、人に寄り添い傷を癒す、ヒーラーらしい温もりが確かに感じられた。ああ、確かにこれがあれば、あの医者が言ったように心配は要らないだろうな──と、その白い掌に目を落としながら、ほんのわずかに目元を和らげて。ヴィヴィアンは年若いが、ヒーラーとしても一冒険者としても、非常に仕事熱心だ。そしてそれ以上に、温かく人を思いやる娘であることも知っている。彼女の助けがあるならば、自分の罹ったこの悪質な呪いとて、いつかは完全に消し去れるだろう。そんな確かな信頼を寄せていたものだから、ふとその顔を見上げたときに、相手の大きな目の淵から真珠のような涙がぽろっと零れ落ちたのを見れば、その予想外の光景にいささか動揺した面持ちとなって。言葉を失い、しばし行き場を失って彷徨う視線……相手が何を思ったのか、人の感情の機微に疎いギデオンでは正確に測れない。だが、単に安心しただけではないような様子が気にかかり、もう一度相手の顔を間近に見つめると。手を伸ばし、相手が拭った涙の痕を、親指の腹で重ねるように軽くなぞって。どうかこの真意が届いてくれれば、と祈りを込め、「……おまえを頼りにしてる、」と囁き。)
(──それからの日々は、瞬く間に過ぎていった。グランポートの宿で見た、いつも明るい彼女らしからぬ様子が、依然として気になってはいたものの。港町の事件の解決以外にトリアイナの非公式な偵察も託されていたギデオンは、今回の顛末を、カレトヴルッフと公認ギルド協会本部のそれぞれにも報告し直さねばならない。協会の連中相手に詳しい聴取を数日間ほど受けたのち、キングストンに舞い戻り、懐かしいエントランスをひとり潜り抜ければ。帰還早々、古馴染みの野郎どもにいきなりヤジを飛ばされ、若い青年たちにリヴァイアサンを見るかの如き絶望の表情を向けられ、杖や大槍を構える不穏な空気が勃発し、挙句には「ワシのビビに何をしたんじゃ……!?」と怒り狂うスヴェトラーナに召喚獣の群れをけしかけられたことで、“ギデオンとビビがクエストにかこつけてバカンスに出かけた”などという噂が出回っていたと判明すれば、大いに頭を抱えたが。「……おい、まだそういうわけじゃないらしいぞ!」「喜べ! 彼女は今もフリーだ!」ギデオンを尋問した男たちの伝令でどっと沸き立つ群衆からようやく解放されれば、ギルドの最奥部に赴き、魔法に護られた一室でギルドマスターと向かい合う。何度も交わしてきた事務的な報告や議論や相談、その末に。「何度もやめろと言ったのに、今回もまた無茶な真似をしましたね」と窘められ、心当たりに目を伏せたが。次に告げられたのは妙に柔らかな声。「とはいえ、以前より随分マシな顔をして帰ってきたので許しましょう。彼女もあなたも、互いに良い影響を与えあえる関係のようですね。……今の手持ちが片付いたら、これを彼女と引き受けるように」そうして差し出されたのは、毎年夏に開催される建国祭の華やかなビラである。カレトヴルッフはキングストン市と公式に契約し、様々な仕事を請け負っている。比較的に治安の良い街とはいえ、酒や賭博が絡めばトラブルもつきもの。いさかいをおさめるため多くの戦闘職が駆り出されるし、暑気あたりをはじめとした急病人に備えてヒーラーが、祭の仮面に身を隠しての犯罪を警戒すべく魔法使いが巡回するのもお約束。ギデオン自身もまた、今年も何かしら関わるつもりではいたが。ついにギルドマスターにまで彼女との繋がりを把握され、しかも後押しされるとなれば。自分はいったいどんな顔をしているのかと気まずく思いつつ、「了解」と返すにとどめて部屋を辞すほかなかった。)
(そんな会話から2週間後。「定期治療ってどういうことだよ!? なんでビビちゃんがおまえなんかに!? ウチには魔法医のジジイがいるはずだろうが!?」「なんかよ、体の相性がすこぶるいいんだってよ」「ますますどういうことだよ!?」……と今朝もうるさく騒ぎ立てる、ギデオンと親しい年下の連中に雷魔法を数発撃ち込み。偶然居合わせて立ち聞きしてしまったらしく、完璧な肉体美の体を完璧に凍りつかせてこちらを見つめるバルガスのことは、目礼のみで避けながら。長い廊下の先にある医務室の扉をノックし、涼やかな室内に慣れた様子で立ち入ると、赤いシャツを早速くつろげながら丸椅子に腰かけて。)
悪い、少し遅くなった。……そういや、警備のシフトの件は聞いたか?
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