匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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( ぼんやりと頭を下げ医者が出ていくのを見送ると、ベッドが軽く軋む音に思わずぴく、と睫毛を震わせる。どこまでも紳士にビビとの距離感を保っているギデオンとは思えない行動に、一瞬大きな目を見開くも、それだけ状況が悪いということを再確認させられれば、かける言葉も見つけられずに此方もスツールに浅く腰掛け小さなため息を。生きているのも奇跡的な大怪我だったとはいえ、その確かな実力から年中仕事で各地を回っている相手からすれば、定期的にこんな小娘の診察を受けなければならないなど、煩わしさしかないだろう。それでもビビに向き直り、礼儀正しく頭を下げてくれるギデオンに、此方も向き直れば、負担をかけないよう相手の左手に己の両手を重ねて )
はいっ……絶対、絶対治しましょうね!
( あの時私が防御魔法のひとつでも使えれば、こんなことにならなかったのに──自分同様どころか、相手の方が余程冒険者としての覚悟も自負もあるだろう。そんな相手の負傷に己が泣くのはお門違いどころか烏滸がましいとさえわかっていても、安心も相まって、ついに堪えきれず零れた大粒の涙を手の甲で拭う動作ひとつとっても、どこまでも子供っぽく相手とは何一つ釣り合わない自分が嫌になった。 )
( ──それから凡そ一月後、キングストンにも夏の陽気が訪れる季節。今頃グランポートは2人が訪れた頃よりさらに暑く、海水浴客で溢れ帰っているのだろう。2人のいるキングストンも、来週の建国祭を前に、どこか街全体が浮かれた明るい空気を纏っている。毎年1週間かけて行われるこの祭りは、各地から人の集まる規模の大きなもので。本来、教会で執り行われる豊穣の祈りや、建国の英雄の戯曲の上演などがメインのはずなのだが、どこも市民というのは現金なもので、彼らの多くにとっては、夜通し輝く出店や最終日に上がる花火、毎夜広場で行われるダンスパーティーなどが、祭りの大きな目的となっている。あちこちで上がる祭りの準備の楽しげな喧騒から、少し離れたギルド内の医務室にて。ギデオンより一足先に依頼から戻り、何度目かになる相手の診察の準備をしながらも、油断して呑気に今年の流行歌の鼻歌まで口ずさんでいる彼女もそれは同様ようで。建国祭の花火を意中の相手と見れば結ばれる──どこにでもあるような可愛らしいおまじないに、誰がビビを誘うのかギラギラと牽制しあう、ここ3年恒例になりつつあるギルドの殺伐とした雰囲気の中、空調魔法の効いた静かな医務室で、花火か……正面から誘ったら断られそうだなあ、と今から会う約束の相手の顔を思い浮かべれば小さく微笑んで。 )
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