匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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──駄目だ、崩れた煉瓦で塞がってる!
(相棒の呼ぶ声に、ギデオンのほうもまた、ばしゃばしゃと水を蹴りながら暗い通路を駆け戻る。背後から引き戻して間近に突き合わせたその顔は、深刻に張りつめていて。「周囲の構造まで脆くなっているから、下手に魔法で破れないんだ。それならいっそ、他の天井部分のどこかをぶち抜いてみるほうが……」、と。そう言いながら見上げたはいいが、しかしはたして、この狭い通路のどこを選べばいいというのだろう。相棒が言っていたとおり、ここがあの製薬施設の地下なのであれば、地上にある大掛かりな実験器具が降ってこないとも限らない。もし壁の厚い部分を撃ち崩してしまったら、地上階そのものが崩落してくる恐れもある。とはいえ、このままここに留まっていれば、この足元の水嵩がどんどん増していくばかりだ。耳に届く飛沫の音も、先ほどより明らかに勢いを増している。──時間がない!
策を練ろうと燃えるような目を再び戻したギデオンは、ふとその視線を、相棒が引きずっている村人たちの、気を失った面にとどめて。今や踝の辺りまで来た水をざぶざぶ鳴らして歩み寄ると、相棒からふたりを引き取り、まずは男、ついで女の頬を(こちらばかりは申し訳程度に加減を選んで)、乱暴に二、三はたく。はたして目を覚ましたふたりは、拘束されていたはずのギデオン、そして無抵抗に連れ込まれたはずのヴィヴィアンに見下ろされることで、あからさまに狼狽したが。──先ほど大地震が起きて、この地下フロアの出口が塞がってしまったこと。どこからか配管の水が流れ込み、危険な状態になっていること。それらを相次いで説明すれば、ギデオンたちの反抗に取り合っている場合ではない、と飲み込んでくれたようだ。
「非常用の隠し通路があるの、」と、蛭女が震えながら言った。おそらく水が苦手なのか、じわじわと上がる水面に向ける目に、はっきり恐れが浮かんでいる。「万一の時のために、村の魔導師しか解けない鍵がかかっていて……でも、ここよりも低まったところに。だから、急がないと──通れなくなるわ!」
──かくして四人は、今やあちこちから水が激しく噴き出す地下を、死に物狂いで駆け抜けた。蛭女の先導した先、確かに鉄格子のあるそこは、ほんの少し階段で下る構造になっているせいで、既にかなりの水嵩のようだ。「開けてくれ、早く!」と命じ、先に水に飛び込んだ魔導師イシュマが、必死にぶつぶつやる間。ヴィヴィアンと蛭女を先に扉に近づけ、自分は背後を振り返って、時間稼ぎの魔法を起こす。せいぜい二秒やそこらしか保たぬ、無属性の魔法障壁。それでいい、この数秒の間だけ、こちらに来る水を押し返せるなら。しかし、いよいよ飛沫が派手になったことで、通路の松明の幾つかが次々にかき消され、地下通路の視界が不安定になりはじめた。明かりがなくなれば命とりだ──頼む、早く、一秒でも早く!
そうして、ついにがしゃんと扉が開き。イシュマ、蛭女が我先に滑り込み、次にヴィヴィアンを行かせようとしたところで──再びがしゃん、と。無情な音を立てて閉まり、魔法の錠が自動的にかかった扉を、一瞬呆然と見つめてしまう。次にその奥に目を向ければ……そこにはその鼻柱同様に顔全体を歪めて嗤う、イシュマの醜い面があった。「……何を、してる……開けてくれ、」と。体の奥が凍てつくような怒りに震えながら言い募れば。「いやなに、気を利かせてやろうと思ったまでだ」と、イシュマが厭らしいとぼけ面で返す。「おまえたち、相手とだけ番いたいって言うんだろう? そこの女、そう、おまえだよ。おまえも他の男なんざ、お構いなしだっていうんだろう? なら、この際お望みどおりにしてやるさ。──せいぜいここで、最後の“愛の夜”を楽しんでいけばいい!」
──激しい怒りで叫びながら、思わず雷魔法を叩きつけようとして。しかし水に浸かったこの状況では、ギデオンのその必殺技は、自分はおろか、ヴィヴィアンまでをも巻き込みかねないことに気づくと、ぎりぎりで制御してしまう。高笑いするイシュマの声。剥き出しの悪辣な笑みを、最後にこちらに差し向けてから、蛭女の肘の辺りを掴み、我先に通路の奥へと逃げだしはじめた。蛭女は何度か、動揺した様子でこちらと扉を振り返ったものの……高い水嵩に蒼白な顔で慄き、何も考えられないような様子だ。
──かくしていなくなった、フィオラ村のふたり。残されたギデオンたちの前に立ちはだかるのは、あの連中にしか解き明かせない魔法陣を込められ、無情なまでに閉ざされた、黒々とした鉄格子だ。がしゃん、がしゃしゃん、と。無駄とわかりながら何度もそれを揺さぶって、数秒も経たずにがくりと項垂れたかと思えば。やがて他方を向き、煮える怒りを振り絞るような、激しい罵り声をあげて。)
──畜生、くそったれ!
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