匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(今にも倒れそうな相棒を抱き留め、震える肩を撫でさする。大丈夫だ、俺がついている、そう言い聞かせてやりたかった。しかし無言になる辺り、己もやはり、それなりの衝撃を受けてしまっているようだ。だれが想像できるだろう──まさかこのフィオラ村で、二百年も閉ざされていたはずの僻地で、よそ者に対する監禁が行われていたなどと。より残酷なのは、この証拠の数々が、この秘密の養蜂場の蔵のなかにあったことだ。村はわかって隠しているはずだ……エディ・フィールドのような、ひとりの狂った人間による犯行では有り得ない。
しかしその恐ろしさに、ギデオンまでも凍りついてはいられない。相棒に(ここにいろ)と仕草で伝えながら、その手元のランプを引き取り、軋む床板を踏みながらひとり奥へ歩みだす。相棒はそれに震えながらついてきただろうか、それとも己を頼って背後で任せてくれただろうか。いずれにせよ、強張った面持ちで辺りを照らし、先ほど目に入ったひとつひとつを慎重に調べ上げていく。
──蝋燭。古いが、白く艶やかだ。寒村に出回るような、臭くてくすんだそれではない。フィオラ村は間違いなく、どこかで質の良い交易をしていて、それを巧妙に隠してもいる。──新聞。何故こんなものが残っているのか、だれがどんな意図で持ち込んだのか。ぐしゃぐしゃのそれを拾い上げ、元に戻せる程度に皴を伸ばして確かめてみるに。その見開きの片隅に、ふと気になる記事があった……ジョルジュ・ジェローム、48歳、王都在住の有名な魔導技師が、クラウ・ソラス行きの馬車をワーウルフ群に襲われ死亡。なんてことのない内容だろうが、何か引っかかるものを感じながら、今度は別のものに目を向ける。──革財布。もしや、と嫌な想像をながら、折り畳み式のそれを開く。間近に照らし出した瞬間、ギデオンの顔はやはり歪んだ。……きっとこれは、オーダーメイドの品なのだろう。財布の内側に、たしかに“ジョルジュ・ジェローム”と刻印されている。新聞の用途がわかってしまった。拉致監禁した本人に見せつけて、絶望させるためだったのだ。お前は死んだことになっている、だれもおまえを探しに来ない、と。
最後に、床に目を落とす。一面に広がるどす黒い茶褐色の染み、これがジョルジュ・ジェロームのものなら、間違いなく致死量だろう。死体はどこへやったのか……何年前に撒かれた血なのか。血しぶきの向きや擦れている方向を辿って、ぎしり、ぎしり、と奥へ向かう。哀れな魔導技師が襲われたのは、おそらくこの辺り……座敷牢の突き当たり、空の木箱が積み重なった場所だろう。ジェロームが、おそらくは技術を引き出すために誘拐されてしまったほどの、名うての技師なのだとしたら。埃の積もった木箱の淵をなぞってから、僅かに汗の浮いた顔で相棒を振り返る。恐ろしい現場だが、それでも──と。信頼と心配が、織り交ざったまなざしだった。)
……ヴィヴィアン。ここにいた人間が襲われたのは5年以内だ。この辺りの魔素を読めるか。
もしかしたら……手がかりか何かを、どこかに遺している可能性がある。
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