匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
通報 |
(この数秒。何故か知らないが、ドラゴンがヴィヴィアンに目を奪われ、興奮のあまり他への意識を疎かにした、ほんの数秒。それこそが速戦即決の鍵だと、ふたり同時に信じているのが、彼女のいらえで伝わった。
故にギデオンは、もはや他の何ものも振り返らない。羽虫を払うべくドラゴンが吐き出す炎、ただそれだけに意識を定め、的確に回避しながら、上へ上へと駆け上がる。自分が身を翻した先も、そこから躍り上がる先も、一切確かめる必要はない──必ず、相棒が受け止めてくれる。その信頼が稼ぎ出したのは、時間にしてコンマ数秒。だが、敵の反応に後れを取らせる決定的な数瞬だ。
──とはいえ。こんなにも巨大なドラゴンの首、その根元を一刀のもとに断ち斬るなど、本来ならば不可能のはずだ。ギデオンの剣は片手半剣、それより大きな大剣でさえ刃渡りが足りない敵に、どうやって立ち向かうのか。見ているだれもがそう思ったことだろう、ドラゴンですらせせら笑ったかもしれない。しかしそれでもギデオンは、迷いなく魔剣を振り上げた。強く信じていたからだ──自分の背後で、相棒のヴィヴィアン・パチオが、同じく杖を掲げているのを。いつぞやの夢魔討伐でも披露した合わせ技、それを更に高めたものを、今ここでこそ繰り出せるのを。
相棒が即座に──ギルバートですら目を瞠るほどの速さで──練り上げた、黒い雨雲。その内部で増幅した、ただでさえ豊かな魔素が、翡翠色のいかずちとなってギデオンの魔剣に宿る。そうして、魔素を高める性質を持つ魔法石の恩恵により、更に何倍にも膨れ上がり……激しい輝きを放ちながら、何倍にも凝縮されたその瞬間。ギデオンは渾身の膂力を込めて、己の剣を横薙ぎに振るった。途端、その切っ先から眩い雷光の刃が伸び。本来ならあり得ざる、神々しい大剣に化け、敵の固い鱗に喰い込む。……冒険者たちが一様に唖然とする中、ドラゴンの七つの首が、その一太刀に刎ね飛ばされ。魔獣特有のしぶとい生命力をもたらし得る深紅の魔核も、派手に粉々に砕け散り、その無残な最期を飾り立てる。
──すべてを、しかと見届けるや否や。全身の力を魔剣に乗せていたギデオンは、真っ逆さまに落ちはじめたが。ここでも何ら焦らずに、魔剣を振って重心を操り、受け身をとることに集中した。はたして、それを待ち受けていたかのような横風が、案の定ギデオンを攫い。ドッ、と地面に身を打ったものの、直線落下のそれに比べれば随分と優しいもので。その後も幾らか上手く転がり、しっかりと勢いを殺せば、すぐにしゃんと身を起こし……ドラゴンの死を見届けてから、暗くなった空を見上げる。夏だというのに、どこか春雷を思わせる優しい轟きがくぐもって聞こえた。けれどもそれはすぐに、魔獣の穢らわしい血を流す、禊の雨を連れてきて。……この雨、やけに馴染みのある聖属性の魔素を孕んでいるな、と、相棒の相変わらずの天外っぷりに呆れていれば。そのヴィヴィアン本人が、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくるのだ。温い雫を滴らせながら、笑って相手を迎え入れ。)
ああ、まったく大丈夫だ。手厚い援護があったからな。
……それよりも、お前の方だ。目眩や吐き気は? 魔力弁の具合は?
(ギデオン自身も経験したことがあるからだろう。相手を気遣うその声音には、これまでよりも随分と実感がこもっている。しかし今は、彼女に甘い恋人としてよりも、あくまで熟練の冒険者として、自分の動きを助けてくれた仲間を案じているような顔だ。……ちなみにこの間、先ほどまで呆気に取られていた仲間たちが、ヨルゴスの号令により慌てて動き始めていた。首を断ってもすぐに死なない魔獣は多い──特にこれほど大きなドラゴンとなると、念入りな確殺処理が必要になるだろう。しかしギデオンとヴィヴィアンは、すぐに混じる必要はない。魔獣討伐はチーム戦であり、仕留め役を果たした冒険者は、自分たちに異状がないか確かめるのが最優先だ。故に、無事を自覚しきっている自分のことはすっ飛ばし。相棒の小さな顔に手を添えて、瞳を覗き込み、呼吸や唇の色を確かめ、果てはその指先を掬って絡め、体温を確かめにかかる。……傍目にはどう見ても甘ったるい戯れだろうが、あくまでもギデオン自身は、これでも真剣そのものなのだ。)
トピック検索 |