匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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…………
(泣きじゃくる相手を胸に抱き、優しく撫でてやりながら。(……やり方を間違えたな)と、静かな後悔に目を伏せる。思い出させたくないと言いつつ、それを予防したい己の都合で、悲惨な当時をなぞらせた。その結果がこの痛ましい涙だ。ヴィヴィアンの持つ記憶は、彼女自身にしか辿れない……過去のものにしたはずの恐怖に、またも独りで立ち向かうに等しい。そんな真似をさせるべきではなかった──己の浅慮による失態だ。今更過ぎる苛立ちに、苦い顔を噛み殺す。
……しかし、実のところ。今ここで吐き出してくれてよかった、などと酷なことを考えて、ほっとした表情を浮かべてしまうのもまた事実。見ての通り、ヴィヴィアンの心の傷は深い。きっとこの先何度でも、昔のことを思い出して震える彼女を、こうして慰めるだろう。それを踏まえれば、こうして一度感情の蓋を取り払えたのは、小さな第一歩かもしれない。本当に憂慮なのだが、ヴィヴィアンはどうも、“ギデオンに嫌われるのではないか”などと考えて、自分の何かしら暗い部分を隠したがる傾向がある。どうかその思い込みに陥ることなく、嫌だったこと、怖かったこと……当時の相手に理解してほしかったこと、それらをこうして吐き出せるなら。それを見守り、聞き届ける立場に、己は喜んでなってみせよう。元より一度ならず、数えきれないほどヴィヴィアンに救われた身だ。寧ろこれくらいさせてくれねば、碌に恩返しが叶わない。撫でて、キスして、抱きしめて。そうすることで彼女が落ち着き、少しでも心が軽くなるのなら。己の胸を、幾らでも貸そう。支える掌があることを、縋る相手がいることを、こうして優しく撫でることで、何度でも思い出させよう。)
(……そうして。十数分か、それ以上か。ようやくヴィヴィアンの嗚咽が止み、ギデオンの肩口ですんすん鼻を鳴らすだけになった頃。相手の身じろぎする気配に、ギデオンも撫でていた手をふと止めて、そっとそちらを見下してみる。こちらを見上げるヴィヴィアンの顔──薄いそばかすの散った目元はびしょびしょに濡れており、鼻の頭は真っ赤っか。おまけに不安げな表情をしていて、見るだに痛ましい、のだが。こんな顔をしていても、いじらしくって可愛いな……などと、ろくでもないことを考える辺り。良心の在り処というものを、己はそろそろ真面目に探すべきかもしれない。そんなことを思いながら、寄せられた唇にこちらもちゅ、と軽く返し。少し掠れた声に名を呼ばれれば、なんだ、というように軽く首を傾げる。──だが次の瞬間、その青い目が虚を突かれたようにぱちくりしたかと思うと。思わず、といった様子で、喉を震わせるように吹き出し。)
……、もう、って。いいのか?
──触って、ほしいのか。
(──けれども二度目は、少し低くした艶やかな声で、相手の欲を確かめるような囁きを。このくらいなら、ヴィヴィアンを怖がらせはしないだろうか。泣き腫らしたことで未だ熱いほっぺたに手を添え、額と額をこつんと合わせる。吐息が触れ合うような距離。とはいえ、心は己の欲望ではなく、ヴィヴィアンの方にあることを、指の腹で目元を撫でるいつもの仕草で伝えようと。)
…………。なあ、ヴィヴィアン。セックスは義務じゃない。だから、おまえのなかに焦りがあるなら……それは忘れてしまっていい。
そういうことをしなくたって、俺はおまえとずっといたいし。そういうことをしなくたって、親父さんにもいつか認められるだろう。
──でも、俺はほら、“それなりに”欲があるから。おまえも望んでくれていて、無理をさせるわけじゃないってんなら。…………
(続きの言葉を濁したところで、いっそ雄弁なだけだろう。相手を見つめるその顔には今、どこか年頃の少年じみた、明るい面差しすら混じっていて。ここに来るときも彼女にくすくす笑われたように、素のギデオンは結構こうだ──歳を重ねて落ち着いたようでいて、若気が大いに残ったままだ。その相手が最愛の女性となれば、そういう欲は尚更起こる。とはいえ、それでも“待て”はできると、大人の方の目つきで語り。相手の髪をひと房掬い、長い指で弄びながら、緑の瞳を覗き込んで。)
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