匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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怖い、こと……
( 心地よい重みのある腕の中、直に触れ合う肌が温かくて、トクトクと響く心臓の音に目を閉じると、眉間に皺を寄せ寄せながら、信用出来る温もりにゆっくりと体重を預けていく。──大丈夫、ギデオンさんは、私の嫌がることは絶対にしない。そう相手の言葉を反芻していれば、気遣わしげに此方を覗き込んできた碧と目が合って、ただそれだけでほっと力が抜けいく。
そうして続けられた質問に、あの暑かった夏の夕刻。大好きだったはずの鳶色は、とうとう一度も此方を見無かったことを思い出す。それは、高等部2年生なる直前の夏休みで。それまでの複数回の失敗を経て、二人の間には良くない焦燥感が漂っていた。半ば義務のようなキスをして、少年の手がビビの肩にかけられる。硬いスプリングの感触を背中に感じ、見上げた少年の影が──やたら大きく、恐ろしいものに見えてしまって。現実と過去、どちらのビビの呼吸もはっはっはっ……と荒く不規則に上がり出す。そんな娘を目の前にして、これまでの少年だったなら、『今日はやめておこうか』と手を引きビビを座らせて、ごくごく自然に話題を切り替えてくれていたはずなのに。その日はなにか苦しげに逡巡したかと思うと、ビビのブラウスに手をかけて──……それがわざとだったかは分からない。ビビが驚いて身体を捩った拍子に、『いい色だね、よく似合ってる』と、いつか彼が褒めてくれたブラウスが、嫌な音をたてて無惨にも千切れ飛ぶ。ビビが呆然としても、最早その手が止まってくれることはなく、一瞬遅れて起き上がろうとするも、それを抑え込むように体重をかけられて身動きが取れない。そこまで記憶をなぞった途端、ぶわりと当時の恐怖が蘇り、ガタガタと身体が震えだし。優しい恋人に"きつかったらいい"と、気遣って貰ったにも関わらず、芋づる式に素の感情が引きずり出されてしまう。思わずギデオンに縋りつこうとして、掴む布がない状況に、えぐえぐと酷い嗚咽を漏らしながら、辛うじて引っかかった鎖骨に震える指をかけると、わあっと子供のように泣きじゃくり、 )
──……おと、布が裂ける音が、怖いです。
ぐっ、て、……重いの、おなかに乗られるのも、こわい。
ここ……っ、手首をすごい力で、私……痛くて、怖くて……!! 何度もやだって、やめてって言ったのに、でも止まってくれな、くて……
( 一体全体、本当にどうしてしまったというのだろう。いくら父親の件があったとはいえ、ギデオンの一言でいとも簡単に引きずり出されてしまう感情に、我ながら困惑が隠せない。年上の恋人に宥められたかどうかして、その大号泣が治まったその後も。まるで感情の堰が壊れてしまったかのような心細い感覚に、冷たくなったしまった鼻を相手の首筋に押し付ける。この先、この人の前で負の感情を抑えられなくなってしまったらどうしよう。早速、そんな心配が的中するかのように、自分がぶち壊してしまった空気に、今日はもう触れて貰えないんじゃないか、という不安が顔を出し、未だ濡れている顔をおずおずと上げると。その薄い唇へと唇を寄せ、「ギデオンさん」と甘えたように鼻を鳴らす。そうして、形の良い眉を八の字に歪め、語弊……でこそもうないが、直接的な表現を避けた故に、己の言葉が余計にみだらな響きを持ったことには無意識で、 )
…………ごめんなさい、私、今日おかしくて……もう触ってもらえないですか……?
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