匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
通報 |
(ちょっとした美酒に、初めて食べるテイクアウト料理、色とりどりの自家製のつまみ。そして何より、触れ合うほどの距離感で、可愛い恋人と隣り合いながら。あれも美味い、これも美味い、こいつはこの隠し味が最高だ、この食材はいったいどこで──などなど。仲良く楽しく盛り上がっては、のんびりと舌鼓を打つこと。夏の宵の過ごし方として、はたしてこれ以上最高の贅沢があるだろうか。
そうして、ある程度腹もくちくなったところで。ギデオンが己の酒杯を揺らしていると、ヴィヴィアンが何やら雰囲気を変え始めた。カクテルで口を湿らせるも、もじもじと口ごもり、視線をさ迷わせ……はては手慰みに、こちらの手と戯れて。そっと静かに見守っていれば、恋人はようやく言葉を切り出し──けれどそれは、もにょもにょと落ちつかなげに、困ったように萎んでしまう。「自分が今言うべき言葉はこれではないのに」という自覚が、ありありと滲んで聞こえる。その真剣な表情からしても、今宵の本題にいよいよ踏み込もうとしているのに、どうすればいいかわからないのだろう。
しかし、それでとりあえず口にしたのが、いつもの愛の言葉とくるのだ。そのあまりにもないじらしさに、思わず目尻に皴を寄せて控えめに苦笑すると。不意に前方に上体を傾け、ローテーブルの皿に乗っている桃のひとつを、ピックで刺して拾い上げる。それをそのまま、相手の方に運んでいったかと思えば。無言で(あ)と口を開け、相手に真似をするよう促し。可愛らしい唇に、そっと甘い果実を食ませ──ナチュラルな「あーん」を成功させれば、満足気に目元を緩める。あの浜辺で強請られてそうして以来、ヴィヴィアンに餌付けするのが、密かな性癖になっているようだ。ピックを卓上に戻すと、繋いでいた手を緩く解いては、ソファーの背もたれ越しに相手の肩へ回し。そうしてより密着し、相手の方に頭を傾け、心地よさそうに呼吸を深めつつ。相手がもきゅもきゅと甘い果肉を食んでいる間に、穏やかな声で語りかける。何せ今宵は、充分に時間があるのだ……ゆっくり解きほぐしていこう。言葉通りの、“いちばん”の懸念事項はすぐには切り出しにくいだろうが、それでも一度滑り出せれば、やがて言いやすくなるはずだ、と。もう片方の手を持ってきて、相手と再び手を絡めては、その手の甲を指の腹で撫でさすり。)
おまえのなかで、俺への迷惑だとか、何とか……とにかく、俺にまつわる心配をしているなら、そいつは後回しでいい。俺はほら、見ての通り、今充分幸せでな。取り越し苦労には及ばない。
それよりもおまえ自身だ……きっと親父さんのことで、いろいろと不安があるだろう? 力になりたいんだ。今、何がいちばん気がかりか教えてほしい。何が怖い……?
トピック検索 |