匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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ん、わかっ──……………………、…………、………………………………、
(さてはて。無駄に女慣れした態度と、妙なところで鈍い性格を併せ持つギデオンは、先ほどのやりとりのろくでもない艶めかしさに、それはもう無自覚であった。──だが、そんなさしもの大間抜けでも。髪にタオルを掻き込みながらほかほか戻ってきた矢先、この光景をでんと突きつけられてしまえば。流石にがつんと目を覚まし、思わず声も失って立ち尽くすというものだ。
見事に固まるギデオンの眼前、そのうら若い恋人ははたして如何様か。──ごく普通に身を屈め、ごく軽く……まろい尻を突き出している格好である。真顔に陥るギデオンの頭の片隅、かろうじて冷静な部分は、……いや、あれは床下の乾物か何かを取り出しているんだろう、と自動で分析するのだが。しかしいかんせん、丈の短い薄手のネグリジェと、本人の長くしなやかなスタイルが合わさって、悪魔的なコンビネーションを奏でているものだから。──まさに据え膳、そうとしか捉えようがない。どうにか平常心になろうとするも、それでもどうしても視線を逸らせず、吸い込まれるのは……先ほどからちらちらと見え隠れしている、清廉な彼女らしからぬ煽情的なランジェリーのせいだ。ところどころに小さな真珠のあしらわれた、ほとんど紐と言ってもよいそれは、明らかに実用性以外の目的で編まれた品に違いない。そう──男の欲を、掻き立てるためだけに。
なら。これは……誘って……いるのか? と。抑制剤がまだ効いているはずなのに……否、効いているからこそ、我を忘れて貪りつかずに済んでいるのだろうが……酷く都合の良い方へ、己の愚考を傾けかけては。いや、いやいやと。険しい顔を片手で覆い、力強く目を瞑って、(馬鹿なことを)と振り払う。そんなわけがない、思い出せ、今までだってこういうことは散々あったはずだ。多分これは何かの偶然の連鎖のせいであって、ヴィヴィアン自身はきっとそのつもりなどない。彼女は純真だ──グランポートのあの浜辺でも、ほんの少し戯れに揺すり上げただけで、心底震え上がっていたではないか。あんな初心な生娘が、突然その気になって、こんな露骨な色仕掛けをけしかけてくるわけがあるまい。第一、己の可愛い恋人は、父親とのあの一件で、今日はすこぶる弱っている。その矢先に、まかり間違ってもこの俺が……支えになるべき存在が、新たな問題で彼女を圧迫して良いわけがないだろう。ギデオン・ノース、おまえのほうが良い歳した大人なんだ。冷静になれ、余裕を持て──と。まさか相手も同様の痩せ我慢をしているとはつゆ知らず、どうにか己を宥めつけると。「……待ってる、」とようやく告げながら、相手にくるりと背を向けて、先にソファーに腰を下ろす。そうして小さくため息をつき、ぐったりと背をもたれながら栓を抜いたのは、先ほどのカクテルを作るときに封を切ったシャンパンのボトル。ギデオン自身はこれじゃ酔えないが、冷たいスパークリングを喉に流し込めば、もう少し頭を冷やせるはずだ。とくとく、とワイングラスにそれを注ぎ切ったところで、ようやく戻ってきた相手を振り返り、「美味そうだな」と微笑みかける。──多分、おそらく、いつもどおりの落ち着いた自分を振る舞えているはずだ。)
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