匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(こちらに優しく触れながら、ごく穏やかなゆったりした声音で、あれがいいかな、これがいいかな……と、今夜のご馳走の候補を幾つも挙げていく。毎度時間にして数秒ほどではあるけれども、愛しい恋人のその姿が、ギデオンはたまらなく好きで。こちらも自然と目元を和らげ、形の良い頭を撫で返しながら、耳を傾けていたところ、しかし。はっと、ついに完全に目覚めた彼女が跳ね起き、ベッドから飛び出していけば、目を瞬いて半身を起こす。そうしてぱたぱた、ぱたぱたと、元気に駆け回る恋人を、じっと青い目で眺めていると。また思い出したように己の方へ飛び込んできた温もりを受け止め、その犬のような溌溂ぶりに、思わず笑い声をあげて。まだきりっと結い上げられていない、無邪気さをたっぷり含んだふわふわの栗毛の頭を、くしゃくしゃに撫でてやるだろう。)
──っくく、ああ、知ってるとも。俺もだよ。
さあ、下に降りて食べよう。今日は天気もいい……のんびり歩くにはもってこいだ。
(そうしてふたり、今日一日の仕事の話をあれこれ楽しく共有しながら、新鮮な朝餉を済ませれば。諸々の片付けに身支度、そしてしっかり戸締りをして、手を繋いだまま歩き出す。先ほど話題にしたとおり、今朝は気持ち良いほどの快晴。街路樹の並ぶラメット通りは、豊かな緑が目に優しく、吸い込む大気もごく爽やかだ。この2ケ月ですっかり馴染んだ通勤路を、あの家の窓が好きだ、あそこのドアノッカー素敵ですよね、なんて話しながら進んでいけば。花壇に水をやっていた老婦人が、「相変わらず仲良しだこと」とじょうろ片手にくすくす笑い。学校へと我先に駆けだしていた子どもたちが、曲がり角でききっと立ち止まって、元気いっぱいの挨拶を。“きんじょのきれいなヒーラーおねえさん”に、きらきらと目を輝かせる様は、見ていて非常に微笑ましいものだ。古魔導具屋の旦那が重い荷物を持ち上げようとしていたので、ギデオンがすっと手伝えば、旦那は「ありがとよ!」と朗らかに笑い、次いでやはり、ヴィヴィアンを見るなりにへらと相好を崩すだろうか。「治安の良い街とは知っているが……うっかり盗られないようにしないと」などと冗談交じりに抜かしては。繋いだ手で恋人を軽く引き寄せ、再び旋毛にキスを落とす。これでも実はそれなりに人目を気にするギデオンだが、ラメット通りは例外らしい──近隣住民とは良い関係を築いている。互いの生活をそれとなく知っているので、もはや隠し立てする必要はないと開き直っているようだ。
そうして石畳の道を、時折大きな街道を渡りながら、王都の中心部まで歩いていき。いよいよギルド本舎が見え出した辺りで、しかし何やら異変を聞きつけ、ヴィヴィアンとふたり、はたと顔を見合わせる。誰だか知らないが、男が喚いているようだ……音の方向からして、まさに自分たちの勤める建物の中でだろうか。料金を踏み倒しに来た、たちの悪い依頼者か何かか? カレトヴルッフは国内最高峰ギルドと謳われるだけあって、例年高い顧客満足度を誇るが、悪質なクレーマーが全くつかないわけではない。今日のもまたそういった手合いだろうか、随分長く騒いでいるようだ。今ごろ出勤している筈のマリアなりカーティスなりがまだ収められていないところを見るに、かなり厄介な奴らしいな……などと言い交わしながら、いざエントランスを潜り抜けてみると。そこで目にしたまさかの光景に、ヴィヴィアンと手を繋いだまま、思わず呆気に取られて立ち尽くしてしまうだろう。)
────……!?
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