匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
通報 |
※推敲洩れにつき、細部を微修正いたします/
(その日最後に見たヴィヴィアンの姿は、まさに祝福の乙女そのもの。三段階で重ね掛けしたたっぷりの愛らしさに、手練れと名高いはずの戦士は、いとも呆気なく挙動不審に陥った。──しかし、ヴィヴィアンの凶悪な小悪魔っぷりに気を取られてばかりだったが。本当は、ふたりのやりとりをその場で見ていた村人の中年女性が、(あらあらあら!)とほっぺに手を添え、大いににこにこしていたことこそ、警戒するべきだったのだ。
何せ翌日以降、ギデオンは村中から、やけにわくわくきらきらした目を向けられることになってしまった。“魔剣使いの隊長と、マドンナヒーラーの恋物語”……そんな噂映えする話が、火の手より早く広まっていたせいである。出処は言うまでもない、そして後のことはむべなるかな。独身三十路の斡旋官には、グールのようにじっとりした目で一日中僻まれるわ。高ランクの魔獣とあって大隊を連れてきたホセに、腹の底から大笑いされ、何なら追加のあれやこれやを村人たちにぶちまけられるわ。挙句、目を爛々と輝かせる村長に、「呑もうじゃないか!」と追い回されて、せっかくの珍酒を──また記憶を失くしたらと思うととてもその気になれやせずに──辞退する羽目になるわ。甘い祝福の代償として、大型魔獣と戦うより余程大変な目に遭ったのだが、それはまた別の話。)
(さて、それから数日後。ギデオンが1週間ぶりに帰ると、王都はそのあちこちが、色とりどりの美しい蝋燭で飾られるようになっていた。──光のミサ、聖燭祭の日の装いである。
この日はどこもかしこも、冬の終わりと春の訪れを、それぞれの形で祈ることに忙しい。各家庭では、去年のクリスマスに使ったものを焚き上げるのが一般的だ。農村では豊穣の祈祷を舞い、魔法を込めて田畑を耕す。街中には炊き出しの屋台が並んで、きび粥と焼きソーセージが貧民にまで振る舞われる。太陽のクレープや色鮮やかな占い蝋燭は、若い世代に大人気の品だ。しかし、どこより多忙を極めるのは、ロウェバ正教の教会だろう。信徒のための祝別式やら、赤ん坊の洗礼式やら、厳かなミサやらが、たった一日に詰まっている。故に、道々で通り過ぎる教会は、普段の数倍ほどごった返し、シスターたちがくるくると独楽鼠のように働いていた。
しかし、ギデオンにとってのこの日は、実用的な意味でとてもありがたい祝日だった。無論、美味いものを安く食べられるから、というのもあるが……それより何より、ギルドから特別手当が支給されるからである。ボーナス制度は、少なくともトランフォード王国においては6月・12月の夏冬二回が基本だが、冒険者業界には少々特例が存在していた。誰もが休みたいために人手不足となる季節、例えばクリスマスから年末年始。そこで規定以上に、要はみっちりクエストをこなせば、「よく働いてくれたね」ということで、余分な給金と少しの休暇を追加で恵んでもらえるわけだ。そのタイミングは往々にして古い慣習に由来しており、聖燭祭が選ばれているのも、古代ガリニアの奉公人の給料日だったからとか。とにかくこの制度のおかげで、毎月ある場所へ大金を支払っているギデオンでも、少しは懐を温めることができた。元々財布の紐は固いし、銀行での積み立てもきっちり行っているのだが、それでも払えども払えども終わりのない生活に、日々ストレスを感じないわけがない。──だからたまには、贅沢を楽しむことにしようか、と。そんな気分になったのは、しかし実のところ。喜ぶ顔を見たいだれかのことを、無意識に思い浮かべていたせいだろう。)
(──ところが、だ。その本人、ヴィヴィアンに、ようやく再会できたというのに。彼女を見下すギデオンの顔は、物言いたげに固くなっていた。他でもない原因は、二人の間でほかほかと湯気を立てる、如何にも美味そうな白い鍋。この優しくも独特な香り、今度は新しくシーフードで攻めてきたらしい。ちゃんとああ言ったのに、おまえはまたそうやって、見え透いた嘘までついて──と。呆れ果てるのは目つきまでにとどめれば、はあ、と小さなため息をひとつ。正直、「鍵? 預かってないわよ」とマリアに言われた時点で、なんとなく予想はついていた。──故に、先手を打ってあるのだ。)
作り過ぎたってったって、最初からそのつもりだったろう……
……まあ、料理に罪はない。皿を出してくれ、夕飯にしよう。
(そうして案外すんなり受け入れながら、フェンリルのファーコートを脱ぎ、壁の突起にかけに行く。戦士装束は業者に預けてきたのだろう、あらわになったのは珍しい黒セーターの装いで。窓の外で降り始めた粉雪をちらと見遣ると、持って帰ってきた買い物袋を、どさりと机上に置いておく。中身はソーセージやクレープなど、今日の祝祭で出ていたものだ──相手も食べたかもしれないが、少し良いのを見繕ってきたので、それで手打ちにして貰おう。次いで、己の鞄から何か取り出し、棚の上に並べだす。ひとつは麻で縛ったヤドリギ、ひとつは何やら小さな小瓶。ヒーラー職である相手には、その中身がすぐにでもわかるだろうか。土産は以上とばかりに水場へ向かうと、氷のように冷たい水で両手をしっかり洗いつつ、背中越しに語りかけ。)
……風邪の噂で、例のトロイトを倒す時に随分奮発したと聞いてな。
ヒーラー手製の栄養食を賄ってもらうんだ、お代にはまだ足りないだろうが……受け取っておいてくれ。
トピック検索 |