匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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──……了解。
(いつもと変わらぬ表情を向けてくれた明るい相棒に、こちらもごくごくいつも通り、落ち着き払った声を返す。……しかし、彼女がカーティスを優しく支えながらテントの中に消えていく姿を見送る、その無言の視線はどうだ。まずい部分は聞かれていなかったらしいと理解しての、浅ましい安堵やら。同期の男にやけに近しく接していた様子への、何やらひりついた思案やら。その場に佇んだまま沈黙している横顔は、傍目にはいっそ雄弁に見えたかもしれない。
現に周囲の、ギルドきってのマドンナにだらしない野郎どもときたら。巧みな目配せを交わしたかと思えば、すっと数人が進み出て、「ギデオンさん、あいつ、あのカーティスの野郎、俺許せねえですよ」「ビビちゃんに悪いことしないか、俺らがちゃんと見張っておきますんで!」なんて、真面目腐った顔で申し出る連携ぶりだ。しかしギデオンの方も当然、自分の個人的な心の揺らぎに、この莫迦な若造たちを付け入らせるはずもない。ゆっくり振り向いた青い双眸は、普段は湖のように穏やかなはずが、ルーン海の底より厳しく冷え込んで。「……お前ら。五体満足なら、全員バラシに回れるな?」と、有無を言わさぬ低い声で命令を。途端に、若者たちが顔に貼り付けた凛々しい笑みは、皆一様に激しく引き攣って崩れ去るのだった。)
(──さて、何やら虫の居所が悪い指揮官に圧をかけられたとあれば、さしもの色惚け連中も、皆ひいひい言いながら谷間の方へ走っていった。倒したトロイトは全部で8頭、総重量は優に20トンにものぼる。数時間は帰ってこられないだろうが、働き盛りの若者にとってはさぞや嬉しいことだろう。
人手を欲する医療部には、それまで魔獣討伐後の喫緊の処理にあたってくれていた罠師数名を回すことにした。死亡直後の魔獣の臭いは、長く吸うと身体に悪い。だから現場の交代がてら少し休ませてやろう、という気遣いなのだが、しかし実のところ、罠師という特殊な人種の性格傾向を見込んでの人選でもある。──専門家気質な彼らは、良くも悪くも人間に興味がない。否、人を驚かせて楽しむタイプもいるにはいるが、それは本質的に、己の悪戯……要は“罠”が、狙い通りの効果をもたらしたことを喜んでいる。道行く美女には振り返らない癖して、奇想天外な術式で書かれた罠型魔法陣には、どことは言わずおったてる変人までいるくらいだ。故にある種の状況において、ほぼ確実に間違いを起こさない。そういう意味で、彼らを信頼することにしたのだ。
──そう、これは別に、多忙な医療従事者たちにいちいち見惚れず、きちんと真面目に手伝ってくそうな人選をしただけのこと。面倒なガキどもを皆一緒くたに相棒から遠ざけたかった、だとか。他の者をテントに出入りさせることで、少しでも相棒とカーティスがふたりきりになる確率を下げようとしただとか。そんな愚かな他意など、決してありやしないのだ。)
────……、
(それから更に一晩が過ぎた。休耕地に追加の野営を構えて泊まり込んだ冒険者たちは、翌日も解体やら清掃やらの仕事にひたすら追われ続け。ようやく原状復帰したのは、冬の弱い太陽が天高く昇るころ。村に借りた幾つもの荷台を馬に曳かせ、一同が皆揃って凱旋すると、村人たちはそれはもう大喜び。事前の約定どおり、トロイトから獲れた肉──痺れ毒を用いたため、結局可食部全体の一割にも満たなかったが──の半分を贈呈すれば、これまた大変な、気でもちがったかと思うほど大騒ぎとなって。ギデオンの制止もむなしく、「今宵は宴じゃ!」「祭りじゃ!」「ぱーちーじゃ!」と、村をあげての宴会準備がとうとう始まってしまった。それからも再三固辞してみたものの、最終的には、「これは厚意に甘えようか」とヨルゴスと話し合い。結局、もう一晩の延泊を決め、若者たちに自由時間を与えてやる。各地の依頼者との交流は、この先数十年の冒険者人生に大きく影響することを、ギデオンたちはその経験で知っていた。この二日間頑張った褒美がてら、当人たちはそうと思っていない勉強を、たっぷりさせてやることにしようか。
──そうして、若者たちが待ちに待った祝宴会は、案の定大盛り上がり。昨晩まで怪我で呻いていた連中も、今や村人と肩を組み、酔いどれながら歌っている有り様で。冒険者といい村人といい、トランフォード人というのは、つくづく元気で陽気なものだ。そんな賑やかな輪の外、ギデオンはと言えば、広場の中央のそれより小さな、こじんまりした焚火の傍で、日中に仲間たちが書き上げた報告書に相変わらず目を通している。自分はああして騒ぐたちではない、仲間たちの楽しそうな様子を見聞きしている方が好きだ。何より、カレトヴルッフに帰ってから別途ギルマスに上げる報告を、考えておかねばならない──のだが。いったい全体、こんなこじんまりした村のどこに、そんな代物が眠っていたのか。お偉いさんにゃ特別に、と村長直々に異国の杯を注いでくれたのだが、その強い酒精がじわじわ回ってきたらしい。後輩たちの手前、最低限は気を引き締められるものの、この思考の鈍りようじゃ、今夜はあの方の耳に入れられるような話をろくに纏められなさそうだ……と、書類から顔を上げて断念すると。背を預けていた古井戸に更にもたれ、冬の澄んだ夜空を見上げる。広場中央の大火から舞い上がる火の粉が、ちらちらと赤く揺れながら、天の川に溶け込んでいく……その様子を眺めるうちに、また一段階頭が鈍って。少し眠気を取ろうかと、少しの間瞼を閉ざし。)
…………
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