匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(各種の数字、今後の計画、そちらの現場に必要なもの。相手が寄越した情報は、いずれも過不足なく明瞭で、全く申し分がない。おまけにさらりと、ほんの一瞬の触れ合いだけでギデオンの傷を癒すのだから、つくづく優秀なヒーラーである(ギデオンもギデオンで、彼女の魔素をいともあっさりと取り込むほどに、この半年間の相棒関係で馴染んでいたこともあるが)。とはいえ、今は状況対応が最優先。真剣な顔で「すぐに向かわせる」と返すと、踵を返し、今来た崖道をすぐさま戻る。後衛の面々について、もはや己が直接確かめるべくもないと踏んでいた──ヴィヴィアンもアリアも、職務を立派に果たしている。ならば己も、今の一分一秒を惜しんで、総隊長としての仕事を着実に果たすだけだ。)
……だからおまえら、そんなに飢えるくらいなら、普段から女遊びをしておけって言ってんだ。
ほら、ぼさっとしてないでさっさと手伝え。
(さて、あれから半刻ほど過ぎた頃。最優先の確認作業をすべて終えたギデオンは、ヨルゴスと適宜相談しながら、浮かれている若手たちにあれこれ指示を飛ばし。時折、うんざりしたように投げやりな発破をかけている有り様だった。
魔獣討伐という仕事は、敵を倒せば終わり! と言えるほど単純明快なものではない。子ども向けのおとぎ話であれば、何か希少なアイテムでも落として綺麗になくなるところだが、生憎ここは現実世界。死体の解体、有用物の採取・加工、不要物の処分、荒れた現場の清掃、二次被害の防止措置、などなど。討伐を終えた後にこそ、多くの仕事が待ち受けている。特に死体の解体作業は、病魔の発生や他の魔獣の誘引を避けるため、最速で着手すべきものだ。だからできれば、戦い終えた全員を投入したいところなのだが……もちろん、決してそうもいかない。元々今回は、昨今ギルド上層部が悩んでいる人件費対策により、本来よりもかなり少人数でのパーティー編成である(戦士二十人近くに対し、元の計画ではヒーラーがたったひとりしか配置されなかったのが良い例だ)。つまり、討伐での負傷者が出れば出るほど、その後の現場処理に回す人手がどんどん足りなくなってしまう。ここのところは、ギデオンの綿密な作戦が功を奏して、これでも本来の半分ほどのダメージに抑えることができたのだが、それでもやはり、苦しいものは苦しい、足りないものは足りない。かといって、医療部による衛生処理を軽んじれば、そちらの方がよほど長期的な悪影響をもたらし得る。とにかく、もうこの状況は仕方がない。今動ける人間が最大限の仕事を果たせるよう、常に現場を睨みながら、適宜割り振りを尽くすしかない──そう腹を括って、あちこち駆けずり回っているというのに、だ。
ギデオンやヴィヴィアンの悩む、人手不足などつゆ知らず。戦闘後の高揚感──冒険者用語でいうバトル・ハイ──に浮かれている連中は、皆が皆、ヒーラーのテントの周りにぞろぞろとたむろする有り様だ。このバトル・ハイは、気分が異常に高まる代わりに、思考力がとんでもなく落ちる、要は馬鹿になる。特に魅力的な異性を見ると、花の蜜に誘われる虫のようにふらふらついて回ったり、或いは全力で口説きにかかったりするのだ。「ビビは能力面でいやあ間違いなく必要だったが、それはそうと、こういう時にゃなあ……最大の人選ミスだわなあ」とは、水を飲んでひと息ついたヨルゴスの言。彼は谷での現場処理の監督をする傍ら、たびたびこちらに人手を借りに来るのだが。普段はよく効く鬼教官の怒鳴り声も、今の青年たちにかかれば、マドンナヒーラー・マジックによってぷよんぷよんと跳ね返せてしまうらしい──鬼教官の肩書が泣くわけだ。「二十年前の誰かさんみたいだな」とギデオンが皮肉を叩けば、魔槌使いは気まずそうに、「仲間の女にゃ手を出さなかったぞ……」と言い訳を。奴には連れ添って二十年になる妻がいるが、つまるところその馴れ初めは──という話はさておき。とにかくこういったわけで、ギデオンはヨルゴスとのぼやき合いもそこそこに、若手たちの統制に手を焼いている最中だった。ここまで来たら仕方ないかと、とっておきの切り札、昔行きつけだった娼館の名前を出す。あのがめついやり手婆に、「昔大恩を売ってやったろう」「新しい金蔓を寄越しな!」と、散々せっつかれていた事情もあるのであり、決して今も通っているわけではない。──が、花街で遊んだことのあるらしい何人かが、ギデオンの口にした嬢の名前を聞くなり、(え、マジ!?)というようにぱっと振り返ったのと、後ろのテントから思いがけずヴィヴィアンが顔を出し、他の連中がその面をだらししなく蕩けさせたのとが、ほとんど同時。ふと振り返ったギデオンも、この半年親しくしている若い娘と鉢合わせるなり、ぴた──と、それはもうものの見事に凍りついて。)
いちばん捌ききった奴には、一回くらい『サテュリオン』の女に口利きしてやってもいいぞ。ほら、アドリアーナに会いたい──奴、は──……
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