匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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落ちっ……落ち着け、話してやるから。
(一直前に飛び込んできた獰猛な栗毛の兎に、呆れたような、参ったような、宥めるような声をあげ。相棒の薄い肩を軽く掴み、やんわりと引き剥がすと、揃って戸外に出るよう促す。そうしてしっかり鍵を回して施錠すれば、ふたりで靴音を鳴らしながら螺旋階段を降り、ひび割れたアーチを潜ってアパートの外へと。北の大通りへ続く街路には、点灯夫のつけていった魔法灯がぽつぽつと揺れていて、真っ暗な道路に積もった薄い雪を灰色に照らし出している。着込んでいればさほど寒くないが、吐く息は見事に真っ白だ。)
去年の暮れに、ライヒェレンチの大規模討伐に行っただろう。あれで魔法巨人どもを一掃したはいいが、山奥に引っ込んでた魔獣どもが、また人里に出るようになったらしい……要は、あのときの後片付けだな。
パンチャ山の麓の農村地帯へ、四隊駆り出してのトロイト狩り、メンバーは総勢二十人。上からの指令で、今回のヒーラー役には元々アリアが抜擢されてる……だが、あいつはほら。内気なところがあるだろう?
(そうして道すがら話すのは、今回のクエストの詳細。キングストン北部郊外にある“おなか山”は、いずれ王都に出荷される新鮮な野菜を育ててくれる、豊かな土壌を蓄えた場所である。それゆえ、魔獣にとっても住みよい土地で、ただでさえ普段から小物魔獣の駆除が絶えない。今回はそこに、非常に狂暴な上にずるがしこい、魔猪の一家まで棲みついて、冬野菜の畑を荒らし回っているそうだ。当然農村の手に負えず、現地のクエスト斡旋官より、王都のギルドへ要請が出された。そんな大事に依頼に、何故急にヴィヴィアンを誘うことができたかと言えば──ギデオンが総隊長であり、人材育成を重視しているからだ。
上は最近、ヴィヴィアンに続く若手ヒーラーの育成にも、しっかり力を入れたいらしい。それでアリアに白羽の矢が立ったのだが、ギデオンの見立てによれば、まだ彼女には少しばかり荷が重い。元々きちんと優秀なのだが、それに見合った自信がまだ伴っておらず、場や人間関係に気圧されがちなところがある。野営の経験も、見習い時代の訓練を除けば、今回が初めてだろう。そんな新人を突然本格的な狩りに放り込んでも、下手をすれば、自信喪失を招きかねない……そういう若手を何度か見てきた。だから、彼女の負担を半減しつつ、隙を見て立ち振る舞い方を教えてやれる先輩を、投入しておきたいのである。数ブロックほど歩きながら、隣の相棒をふと見遣ったその目には、信頼の色がありありと浮かんでいて。)
おまえにとっても、後輩を育てる経験を積んでおくのは、そう悪くない話かと思うんだが。どうだ、引き受けてくれるか?
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