匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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そんなに笑うことか……
(笑い転げるヴィヴィアンを前に、如何にも憮然としてみせるものの。まったく本気の口ぶりではないのは、その目が依然として、ヴィヴィアンの手料理のほうに注がれているからだろう。ギデオンとしては、このポトフの謎が本気で気になって仕方ないのだ。にもかかわらず、なんてことない普通のそれだと説明されるものだから、ますます真剣に眉を顰め。「本当か……?」「ギルドの塩? 俺もよく貰うが、こんなに上手く素材の味を引き出せる代物じゃなかったはずだ」「おまえの指から何か魔素のスパイスでも出てたんだろう。やり方を教えてくれ」なんて。相手の腕前に感嘆しているからこそ、まったく信じられない様子で、真顔のまま冗談すら飛ばす始末。
そんな訝し気なギデオンに、お腹を抱えていたヴィヴィアンが、ふと幸せそうな目を向け──また、初めて聞くはずなのに、どこか懐かしい台詞を寄越すのだ。その途端、ほんの一瞬ではあるが、ギデオンの全てが静止した。薄花色の瞳だけが、小さく、あどけなく揺れて。突然三十五年前に──外が吹雪いている家の中で、冬野菜を刻む母に纏わりついていたあの幼い頃に、心だけが引き戻される。……そのほんの少しの間を挟んだのち、暗い窓の方へ静かにそらした横顔を、ふっと、酷く穏やかに緩めて。「……そんなものか、」と、ようやく納得したように呟く。そうか、己への愛情の味か。──道理で、ずっとずっと、自分じゃ再現できなかったわけだ。
そのやりとりのせいだろう。そこからの時間、ヴィヴィアンとの他愛ない時間を、ギデオンはごく素直に味わった。水場で隣り合って洗い物をしながら、「なんだか新婚さんみたい」なんてはにかまれたときにも、「馬鹿言え」と嘆息するものの、いつものようにきっちり否定するほどの真似はしない。ただでさえ旨いのに、あんな秘密まで隠し持っていた料理を出されて、丸くならない人間などいないだろう。少なくとも今夜ばかりは、そういちいち目くじらを立てないと決めたのだ。
──そう、今宵の晩餐に、ひどくしみじみとした恩を感じていたからこそ。そのままひとりで帰ろうとするヴィヴィアンに、むっとしたような顔を向け。「馬鹿言え、こんな時間にひとりで帰すわけがあるか」と、さも当たり前のように、自分も外套に袖を通した。のんびり話して過ごしていたから、今はとうに19時過ぎ……店々が明かりを消し、辺りの人通りが少なくなって、危険が増していく時間帯だ。だからこそ、ギデオン自身もしっかりコートの襟を整え、先ほど返してもらった鍵を人差し指に引っ掛けると。玄関扉を先に開け、相棒のほうを振り返りながら、煽るように首を傾げて。)
ほら、行くぞ。
それとも──道すがら、明日からのクエストに誘う話をされちゃ困るっていうんなら、ここで見送るしかないが。
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