匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(相手に言われるまま、玄関傍の水場に向かい。水甕に貯められた水を柄杓ですくって、しっかりと手を洗う。しかしその間にも、ギデオンの顔は困惑気味に皴を描く有り様だ。──これまでの間、己のうら若い相棒とは、基本的に仕事の場でしか会ってこなかった。それが今やどうだ、こちらのごく個人的な生活に、するりと容易く入り込んでいるではないか。そりゃ、急に頼み込んだここ数日の助けを労おうと、彼女の分も温かい肉料理を持ち帰ったのはギデオンのほうではあるが、それにしたって……と。依然続く顰め面で振り返った先には、てきぱきと手際よく夕食の支度なんぞしている、やけに家庭的な面差しのヴィヴィアンの姿がある。多少るんるんと浮かれたそぶりはあるものの、それでもどちらかと言えば、地に足ついた振る舞いのように見える。ギデオンのために何かをするのは、如何にも当たり前と言わんばかりだ。あれは……良くない、非常に良くない。そうだ、何か、彼女にとっても、自分にとっても、今のこの状況を当たり前にやり過ごすのはひどく危険な予感がする。そう感じはしているくせに、実際のギデオンが何も言えないままでいるのは──きっとそう、辺りに漂うスープの香りのせい、それで間違いないだろう。ただでさえ胃が切々と空腹を訴えるものだから、先ほどから思考力という思考力を根こそぎ奪われているような気がする。何か隠し味として、そういう効能のある魔草でも入れたんじゃなかろうか。
そんな馬鹿なことを、クエスト帰りの疲れた頭で、半ば本気になって考えていたギデオンだが。結局、口を堅く引き結んだまま、何も言わずにベッドの端へ腰かける。すると、湯気の立つ食事を並べ、飲み物も手に取りやすい位置に調えてくれた相手が、慌ただしくギデオンの向かいの席に落ち着いて。彼女の口からさらりと告げられた健気な言葉に、まずは炙りたてのサンドイッチを手に取りながら一言。多少相手を小突きつつも、素直になれない謝意が滲んでいるような声音で。)
──お礼も何も、このポトフ。俺が帰る前から作ってたろう?
俺はそこまで頼んじゃいないぞ……いや、ありがたくいただくが。
(口先ではそう言いつつも、初めて供された正真正銘の手料理に、どこか気後れするところがあるらしい。ほかほかと湯気が立ち昇るのを眺めながら、俺が留守の間どうだった、何か異状はなかったか、どんな対処をしたんだなどと、他愛ない話題を捏ね、世界一無駄な痩せ我慢をひたすら決め込んでしまう始末。……が、そうしたらそうしたで、なんだかそんな会話の端々にすら、妙なきまり悪さを感じるようだ。がつがつと貪ったバゲットを呑み込むついでに、ん゙ん゙っ、と咳ばらいをしてそれを振り払えば。先ほどから不自然に放置していた熱々の汁物に、ようやくその目を向けながら、躊躇いがちに匙を取り。)
……、香草を使ってるな。
お前の手持ちから……違う? じゃあ、この近くで買ったのか。あの赤ら顔の親父さんのところか?
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