匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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? 存分にあるが……、
(はにかんだり、安心しきったり、眠たげになったり、誇らしげに微笑んだり。こちらを見上げる恋人の表情の、月明かりの中でさえくるくると色鮮やかなこと。いつまでも見飽きないそれに、ギデオンは酷く満ち足りたまなざしを投げかけていたのだが。目の前の彼女が何やらごそごそしはじめると、不思議そうに首を傾げ──その薄青い双眸が、すぐにもあどけなく見開かれて。
もたれていた背中を起こし、「…………」と黙ったまま。掌の上に取り出した真っ白な貝殻を、そっと撫でて確かめる。──ヴィヴィアンと過ごして1年。才も知識もずば抜けた彼女を見つめているうちに、いつしかギデオン自身まで、複雑な魔素の働きを読み解けるようになっていた。故にわかる、故に目を瞠る。この自然由来の魔導具は、一見すれば、単に魔素を込めただけのシンプルな造りのようでいて……その実、使い手がどんなに疲労していても望む効果を引き出せるよう、簡単に壊れぬよう、非常に高度な魔法陣が編み込まれているらしい。巻貝自体はグランポートで採集したものだろうから、このところのほんの数日で作り上げてみせたようだ。──最初こそ、そういった技術面のほうに感嘆していたものの。試しに今ここで、指先を動かす程度の魔素を込めてみればどうだ。ぽわりと優しく光った貝殻から、温かい感触が──何度も何度も馴染んできた、ヴィヴィアンの魔素が溢れてきて。身体が回復する分以上に、胸の内が思いがけぬほど深く深く満たされ。愛しげに目を細めたギデオンが、はにかむヴィヴィアンの頬に手を添えて振り向かせ。その大きな額に、瞼に、唇に、感謝の口づけを落としていったのは、もはや必然としか言いようがない。)
──これ以上ないよすがだ。
ありがとうな……大事に持っていくとも。
(ようやく礼を伝えたものの、余程嬉しかったのだろうか。相手に顔を寄せたまま、癒しの波動を放つ魔導具を、掌の内で何度も何度も転がしては。余裕たっぷりな表情、涼し気なすかし面、意地悪く揶揄う笑み──いつも浮かべているそれらは、全くの別人のものだったかと思うほど、ただただ純粋に目元や口元を綻ばせている有り様で。ふと瞼を閉じると、額をすりと擦り付け、空いたままの左手を、彼女の右手へ密に絡める。ちょうどこのとき、たまたま甲板に出てきたギルドの連中が、「シュガールが兎に甘えてやがる……」だとかなんとかぼやきながら即退散していったのだが、ヴィヴィアンに夢中なギデオンは、ろくに気づかないほどで。そうしてもう一度、高い鼻面を彼女のそれに擦りつけ、喜びようを再三伝えたかと思うと──次に開いた目は、何故か酷く残念そうに、繋いだ手の方に注がれる。……体内の魔素がきちんと循環しているということは、あの大怪我から回復したこれ以上ない証左であるから、別に否やはないのだが。自分だけが与えられてばかり、マーキングもし足りないとでも言いたげに、不服そうな面持ちだ。)
俺も、おまえに残していけるほどの魔力があれば良かったんだが。あのとき分けた分は、もうとっくに抜けたろうな……
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