匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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ああ、よく似合ってる。おまえらしいよ。
(無防備に曝け出された白いうなじに耐え切れず、一瞬視線を外したものの。相手が器用に髪を纏め、くるりとこちらを振り返った時には、いつもの顔を取り戻し、目尻にくしゃりと皴を寄せる。実際、心からの褒め言葉だ──元気溌溂・純真無垢を絵に描いたようなヴィヴィアンには、情熱的な赤、そして少女らしいアクセサリーが、驚くほどよく似合う。おまけに例のスカーフは、頭の上で綺麗に立てれば、さながらウサギの耳のように生き生きと揺れるらしい。今もギデオンの表情ひとつにぴこん! とわかりやすく跳ねるものだから、可笑しそうに喉を鳴らし。鏡の中の相手に向かって、ふと意味ありげな表情を浮かべたかと思うと、「ウサギはウサギでも、手強い海ウサギかもしれないな」なんて揶揄いを。ウサギと言えば、寂しさで死ぬこともあるという俗説が有名だが、相手はそんな弱々しい女性ではない。しかし海ウサギとなれば、時に手練れの戦士でも手こずる獰猛さ、そして何より、決して獲物を諦めない不撓不屈の粘り強さ……そういった点で、ある意味重なる部分があるだろう、実際自分がこうして捕まったのだからと。相手が笑うなり怒るなり、巧みに揶揄い返すなりすれば、また小さく笑いながら、相手のうさ耳、次いで本物の可愛い耳をくすぐり。そうして過ごす最初の寄り道は、瞬く間に過ぎて行くだろう。)
──そうだな……やっぱりいちばん最初のが好きだ。スカーフなら、おまえの気分次第で自由に結び直せるだろうしな。
親父さんに声をかけてくるから、よかったらそのまま着けてくれないか。
(据え置きの鏡の前で(むむん)と悩むその姿は、もはやそれだけで愛しいのだが、何よりその思考がある程度読み取れるものだから、さらにいじらしさを増していた。──ギデオンからすればまだまだ若い娘だが、それでもヴィヴィアン自身からしたら、あのうさ耳(もどきの)のヘアスカーフは、着けづらく思う気持ちもあるのだろう。それでもやはり、今がいちばん若いことには変わりない、身につけたいものを心置きなく着ければいい、実際とても似合っていた。そんな考えからそちらを選び、「いざとなったら、職人街のあいつらに仕立て直して貰えばいい」と、更に背中を押してやる。そう、ヴィヴィアンのためを思ったのであって……数ある色の中から真っ先にあの深紅を選んだ姿に、独占欲やら何やらをがっつり擽られただとか、そんな愚直な理由であるはずがなく。とにかく、相手にもう一度鏡の方へ向き直らせると、自分はカウンターの方へ寄り、奥の店主に声をかけ。「そこのスカーフのを、そのまま連れに着けさせていっても?」と尋ねれば、奥さんと言い合いつつのそのそ出てきた中年親父は、案の定色好い返事を返してくれた。「お熱いねえ」「そちらほどでは」、そんな雑談を交わしながら、その場ですぐに勘定を払おうとして──ふと、卓上の端に目を落とす。鍵のかかった小さな木箱、ガラスの嵌めこまれたそれの中には、この手の土産物屋にしては少しばかり高級な品が収まっている。そのうちのひとつに目を奪われたギデオンは果たして、儀狄の産地より遥か遠い東の島国の習わしを、聞き知ったことがあるのかどうか。随分長く試着を楽しませてもらったしな、とさほど考えずに決断すれば、「こちらもひとつ」と、布袋を一つ包ませ、それを手にヴィヴィアンの元へ戻る。髪を結い上げたいつも通りのその姿、けれども深い赤がぴょこぴょこしているのが新鮮で、自然と口元を弛ませれば。彼女とともに、店の夫婦にもう一度礼を伝えてから、陽射しの和らいだ表の通りへ。次のどこかへの道すがら、手に持ったサテンの小袋をさりげなく渡してみせる。口紐を解いて中を覗けば、ちょうどヴィヴィアンの瞳の色と同じ、明るい翡翠をあしらったシックなデザインの簪が、きらりと美しく光るだろう。)
途中、一回シニョンにもしてたろ。あれも良く似合ってたから……今度良かったら、それを使ってやってみてくれ。
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