匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(ただ真っ赤になるだけならば、流石に気づくはずだった。しかし、小さな涙がぽろっと零れ落ちたり、蚊の鳴くような小声で返されたり、普段は勝気に笑む唇がくしゃりと歪んだりするものだから、まさかそれらすら薔薇色の恋情の発露であるとは夢にも思わず。……普段はどんなに猛々しくても、ヴィヴィアンとてうら若い娘。先ほどまで立派に振る舞っていた反動で、安心した今、トリアイナに味わわされた恐怖や惨めさがあとから蘇ったのかもしれない。あの悪漢たちに彼女が再び立ち向かえるよう、こうして要所要所で労わるのも肝要だろう、と。相手のことをあくまで守り育てるべき後輩として認識したまま、ぽん、と幼子をあやすような手つきまで最後に残せば、砂利を踏み宿の受付へ。ひとまずは一週間の宿泊を決め込むことにして。──はたして、そこはたまたま選んだ宿であったが、店の主人は意外な人脈の持ち主だったらしい。ギデオンたちが身を落ち着けたころに主人の案内でやってきた客人は、他でもない本件の依頼者だった。帰り際の妙な顔の意味はいまいち掴み損ねたものの、旧トリアイナ一員の青年が掻き集めた情報は非常に有益であり、同時に、ギデオンたち自身の足で拾い集めた情報同様、呻きたくなるほど酷いもので。トリアイナとグランポート警察は険悪な関係だというジェフリーの話は、やはり真っ赤な嘘だったのだ……トリアイナの繰り返す喧嘩騒ぎや密漁、またよりによって警察官による市民への恐喝や理不尽すぎる制圧、そして4年前から不自然に潤いだした双方の資金状況。一見別々に発生して見える数々の事実の記録を、日付や位置関係もしっかり頭に入れたうえでじっと俯瞰してみれば、陰湿な協力関係が嫌でも克明に浮かび上がる。要は、トリアイナが何か犯すたびに警察が恐ろしい口封じに回り、それがどういうわけか両者の懐を膨らませてきたらしい。座り込んだ椅子の背を斜め後ろに傾けると、しかめた目頭を揉みほぐす。あまりの腐れぶりに、ヴィヴィアン同様深い深いため息を落とし。)
ああ、立件すれば主犯でなくても十年はぶちこまれるだろうな。だが……警察ぐるみの隠蔽ってのが本当に厄介だ、こいつのせいでそう簡単には動けない。半端な追い詰め方じゃ本命の尻尾を捕まえ損ねて、依頼者の願いを果たせない羽目になりかねん。
(そう、今回の依頼はあくまでも、連続失踪事件を解決することである。トリアイナとグランポート警察の悪事を明るみに出したいのは山々だが、目的のためには慎重に立ち回らねばならない。こめかみに骨張った手を添えながら未読の資料を新たにめくり、ふとある情報に目を眇めて、相手も読めるよう冊子を横向きに滑らせて。沿岸部の貧しい漁師たちの証言、なんでも2週間に一度、トリアイナの連中が北端の波止場から小舟を出しているという。そして時には、そこに驚くべき人物が乗っている──グランポート警察署長、ヘルハルト・レイケル。赤インクで丸が付けられている辺り、この情報を拾ってきた依頼者の青年自身も、彼が何か関わっているのではないかと睨んでいる様子だ。記録の周期通りなら、次に小舟が出るのは明後日。もしそこで失踪者が出るとすれば、その前日、つまり明日、噂のエウボイア号が沖に姿を現すことになる。トリアイナ=グランポート警察の癒着問題とは別の、そちらの怪談じみた話も捨ておくわけにはいかないだろう。気分転換も兼ねてしまおうかと、調査先の選択を相手に委ねてみて。)
レイケルとトリアイナの関係で不明なのは、後は金の出どころくらいだな。それは一旦後回しにして、エウボイア号についても調べを進めようと思うんだが……行方不明になる前は普通の豪華客船だったんだ、何かしら記録はあるはず。造船所と歴史資料館、おまえならどっちに可能性を感じる?
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