匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(「ギデオンさんが“ああ”しなかったら」。曖昧なその言葉の意味をすぐには測りかね、微かに怪訝そうな顔をしたものの。直後に続いたしおらしい呟きから、昨夜のあの事件の話をしていると気が付けば、青い瞳を見開いてただぎこちなく揺らす。そうだ……あの後の騒動のせいで、すっかり忘れてしまっていたが。自分とジャネットのやり取りは、あの時ヴィヴィアンに見られていたのだ。しかもおそらくこの口ぶりなら、ギデオン側から起こしたように見えるであろう、直後のあの行動さえも。にわかには受け入れ難いその事実を理解すれば、ギデオンの頭の中はじわじわと真っ白に染まり、表情が抜け落ちていく。秋も深まりだした今、店内には魔導具による暖気が満ちているはずなのに、体感気温が数度も冷え込み、周囲の団欒や蓄音機の音楽が急速に遠のくようだった。──目の前に座る相棒は尚も言葉を続けるが、彼女が物分かりの良い言葉を紡げば紡ぐほど……本当はもっと酷い思いをしているであろう胸の内を、それでも遠慮がちな言葉に痛々しく押し込めれば押し込めるほど。地下倉庫で起きたあの事件より、ギデオンと昔の女の絡みのほうが余程彼女を傷つけていたのだと、痛烈に理解できてしまう。……衝撃を受けるギデオンがようやく我に戻ったのは、ヴィヴィアンが力なく笑ったとき。何か、お互いに望んでいないだろう恐ろしいことを言いかけたのを、彼女との付き合いの長さが見逃さず、その恐れに思考を取られた。いつもの明るさの失せた声音で気丈に話を結ばれたところで、それで誤魔化されるわけにも、自分を誤魔化すわけにもいかない。しかしさりとて、「…………、」と薄く口を開いたまま黙っているのは、口にする言葉をすぐには見つけられなかったからで。冷めていく料理の前、視線を落とし悩ましげな顔をしていたかと思うと。ようやく面を上げ、ヴィヴィアンの鮮やかな緑の双眸をもう一度見つめ、ギデオンなりの誠意を込めて伝えた言葉は──しかし圧倒的に、間違いとしか言いようのないもの。今後あのような行為は演技でもしないという断言も、“相棒”という言葉の意味がギデオンの中で全く特別なそれに変化しつつあるという説明も、本来なければならなかったのだ。)
……俺は……俺に、とって。おまえの気持ちを傷つけるような真似は、本意じゃない。
おまえのことは──ちゃんと、相棒として……大事に思ってる。
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