匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(腕の中で上がる甲高い声、そして跳ね上がろうともがく気配に、(まずい)と我に返って相手を解放する。……仕方のない状況だったとはいえ、二回り近く年下の若い婦女子に無理やり密着してしまったわけで。ただでさえ今朝のような不埒な連中も紛れ込むのが冒険者業界だ、しっかりしたギルドは当然その辺りも厳しい。訴えられて干された男も幾人となく知っている以上、自分が引き起こしたこの事態に冷や汗をかくのも必然だろう。邪な意図はなかったことをきっと……きっとわかってくれるはずだ、という不安と期待。そして若い彼女に対し中年男性の自分が強引な真似を働いたことへの、純粋な申し訳なさ。死闘の後にしてはあまりに呑気なそれらの思いに、ギデオン本人は至って真剣に陥り、籠手を装着した掌でしばし顔を覆っていた。が、こうしていても仕方がないと気を取り直して半身を起こし。ワーウルフの死体、市民の様子、そして治療しに行った彼女を確認しようと見回して──)
……どう、した……?
(ぽかん、と呆気にとられた。相手の様子が明らかにおかしい。ヒーラーとして仕事をきっちりやり遂げようと、独楽鼠のようにくるくると立ち働いて、いるにはいるのだが。何やら魔力が過剰に噴出されているらしく、花々を咲き乱れさせ、囀る小鳥の群れを呼び寄せ、キラキラ輝く鱗粉のようなものまで杖の先から振り撒いている。「あらやだ!」とうれしそうな顔を見合わせた老婦人たちに目を向ければ、相手の魔法で顔のシミが綺麗に消し去られたことを喜び合っている有様。……何が何だかわからないが、無害ならば放っておこう、と、先ほどの件で沸いてしまった彼女への臆病さをすり替えた言い訳のもと、市長のところへ赴き、被害の確認やほかのワーウルフに関する報告を。そのまま市民の有志とともに、すぐそこにあった巣穴の調査や、休耕地と市街地内に転がるワーウルフの死体の後片付けに勤しむことにして。その間他の一般市民を彼女に任せきりにしたのは、ヒーラーとしての彼女を信頼しているからであり、気まずいだとか、合わせる顔がないだとか、何やら頬を染めて心ここにあらずな様子の彼女にどう接すればいいのかまるでわからないから逃げ回りたかっただとかではないのだ、決して、絶対に。──その取り繕いも、しかし長くは保たなかった。街の厚意で一晩泊まっていけと言われ、流石に男女別で部屋を用意してもらったものの、夜更けにもかかわらず開かれた宴の席では隣り合わないわけにもいかず。猛烈な居心地の悪さに、味のしない盃をしばらく進めていたが。肩を組んだ酔いどれの青年たちが勝利の音頭を歌い始めたあたりで、隣の相手の顔は見ないまま、喧騒に紛れるようにぼそりと謝罪の声を落として。)
……その、さっきは悪かった。一刻を争う状況だったから……あまり考えずに動いてしまったんだ。
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