匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(不測の事態と相手の咄嗟の判断に「待て!」と声を張り上げるが、制止するには時すでに遅く。殺気立つ手負いの魔獣に若いヒーラーひとりで対処するなど、だめだ、絶対に危険すぎる。そうわかってはいるのに、さりとてこの場を放置すればどうなることかと、冷静な判断力が己に足止めを働いてしまい。焼けつくような焦燥を、今はそれでも押し込むしかない。魔剣を振りかぶり、いくつもの首や腹を咆哮とともに斬りつける。そうして敵のすべてが絶命したと見届けるが早いか、べったり纏った返り血を振り払う間も惜しんで宵闇を走り抜け──ぎりぎり、その瞬間に間に合った。慄く市民を守るように背にした彼女と、襲い掛かる血だらけのワーウルフ。こわばった顔で詠唱を行うと、剣に雷光を纏わせて薙ぎ払い、夜を切り裂く光弾で魔獣を横殴りに吹っ飛ばし。そして駆けつけた自分はあろうことか、声もかけずにそのまま彼女を柔らかな地面に引き倒した。月光を遮る大きな黒い影に気づいていたからだ──これまでのどれよりも巨大な雌のワーウルフ、巣穴から飛び出し侵入者に怒り狂う獣。狙いを外した敵はそのまま頭上を飛び越えようとする、だがその隙を逃すはずもない。彼女を庇うように抱えたまま反転して突き上げた右手、その剣の切っ先で、妊娠していたらしい魔獣の腹を尾の付け根まで深く引き裂いた。遠ざかっていく哀れっぽい悲鳴、己の勢いを利用されたワーウルフはそのまますぐ地面に身を叩きつけ、全身を震わせたかと思うとやがて動かなくなった。末期の音が止んでしまえば、あとに残るのは暫しの静寂。後輩ヒーラーの無事を確かめるように依然強く抱きしめたまま、己の荒い息と、ばくばくと激しく鳴る心臓の音だけが、やけに大きく感じられて。)
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