匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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──……なんで、そんなに優しいんですか。
( 冒険者にとって武勇を表す勲章ともなり得る向こう傷を、勝手な心配のままに否定できる言葉も立場も持ち合わせていないから。そっと優しい腕を撫でながら、あくまで自分のかけたおまじないの無力さを嘆く振りをする。ビビの視界の中で誰より強く美しい相手を目の前に、己の卑怯さに唇を引き結んだその瞬間。添えられた手の温もりと、ごく自然に寄せられた顔の近さには思わず薄く頬を染めてしまうも──誰にでも言ってるんだろうなあ、なんて。ギデオンが自分に対し、特別に心を砕くことなど有り得ない、そう勝手に期待する鼓動に言い聞かせれば、引かない頬の赤みを、今更誤魔化すことは諦めて。そのまま真っ直ぐに相手を見つめ返しながら、完全に言いそびれていた感謝の言葉を重ね。ほうっと緊張が緩んだような息を漏らせば、重ねられた手の甲に額を乗せて、じんわりと移り始めた手の温もりと、顔の見えない安心感に珍しく弱音を漏らしたヴィヴィアンが、相手から想像以上に大切にされていることを自覚するのは数週間後の話。 )
こちらこそ、助けに来てくださってありがとうございました。嬉しかったです、本当はその……ちょっと、怖かったので。
( 擾乱の夏が過ぎ、建国祭から一ヶ月もたてばキングストンに秋の足音が近づいてくる。とはいえ仕事終わりのヴィヴィアンに、魔導学院から依頼もとい頼み事、という曖昧な呼び出しがかかったのは、未だ残暑の厳しい時節のことだった。──恩師のシスター曰く、1ヶ月ほど前から女生徒達を中心に"幸せのおまじない"なるものが流行っていると。それだけであれば何も気にすることでは無いのだが、当初こそよくある可愛らしい内容だったそれは、次第に誰かを害すような不穏な物に変わっていったという。実際に不調を訴える者や、お呪いを"使った側"と思われる生徒が引きこもるようになったりと、現実の被害が無視できないものとなって調査を始めたものの。前半のそれとて、後半のそれなら尚更、多感な年頃の少女たちは教師相手に中々口を割らない。ならば相談しやすい第三者を、という声が持ち上がっても、学校法人の隠蔽体質というのはどこも変わらないもので。数年前まで在籍し、今はギルドの冒険者といううってつけな人材に白羽の矢がたったというわけ。そうして調査に乗り出すも、仕事終わりの短時間の捜査では、その少女に辿り着くまで2週間ほど要した。噂を学院内に持ち込んだ少女は、休日に彼と出かけた先で聞いただけだと、手元の水晶を弄ぶ。早熟な印象の彼女が口にした連れ込み宿の店名は、ビビが学生だった頃にもやはり早熟だった同級生から「ここ先生の見回り少ないからオススメ」と共有されたものと同じで、嫌な伝統だと苦笑せざるを得なかった。
で、あるからして──よりによって翌日の夕方、このタイミング。ヴィヴィアンが連れ込み宿や娼館の立ち並ぶ、この区画を訪れることとなったのは、悲惨な偶然としか言いようがなかったので。わかり辛い位置にある宿を探すため、手にしていた地図から顔をあげた瞬間、よく見知った相手の様子に笑顔のままピシリと固まって。 )
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