匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(やけに意気消沈した様子のアーヴァンクたちは、それでもヴィヴィアンの可憐な“お願い”の甲斐あって、例の条件をあっさり飲み込んだらしい。ギデオンたちを背に乗せて下流に戻れば、ブドウ弾で半壊していたダムの残りをあっという間に取り壊し、瓦礫も残らず撤去するという、完璧な快諾ぶりを見せつけてくれた。連中が彼女の元に「褒めて褒めて!」と性懲りもなく押し寄せる光景に再び辟易させられながら、いきりたつ船乗りたちとともに止めに入ったものの。とにかくこれで、運河は無事に水かさを取り戻すことだろう。奴らの肝心の新居は、やはり懲りずに、ヴィヴィアンが時折立ち寄るキングストン郊外に作るそうだ。──そうして、拍子抜けするほど呆気ない問題解決を遂げた、その日の夕べ。やたら疲れる一日だったと振り返りつつ、赤い陽射しに照らされた船乗りたちが元気よく乗船案内をする光景を眺めていると、ふと片腕に控えめな感触。そこまで感情は込めずに、けれど確かに気遣わしげに添えられた相棒の言葉に振り向けば、長い睫毛に縁どられた若葉色の瞳の中に、曖昧に複雑な、淡い落ち込みの色を見出す。何か言おうとゆっくり口を開くも、暫しそのまま留まったのは、かける言葉を間違えたくなかったからで。……ギデオン自身は、おまじないなどという女・子どもの好きそうな代物を、ほとんど試したことがない。若い頃に寝た女の何人かが、「次もまた会えるように」と揃いの飾り紐なり腕輪なりを贈ってきたことならあったのだが、薄情にも、それを実際に身に着けたりはしなかった──「会いたいときにちゃんと会いに行くから」とはっきり伝えて、強引に引き寄せた相手の額なり唇なりに甘いもののひとつでも落とせば、それはそれで彼女たちのお気に召したからでもある。要はそんなもの、夢想的なお遊びに過ぎない、当人の持つ意志の前にはくだらない、と。そう軽んじる考えを抱いてきたはずのギデオンでさえ、昼間の相手の口づけに込められた温かな祈りに今更気づけば、口にする言葉に迷う。……適当に軽く笑って流すのは、きっと違う。そう感じて答えたのは、優しく治癒魔法を重ねてくれる薄い手に、己のもう片方の掌をそれとなく重ねながらのこと。いくらあのアーヴァンクたちが例外的に能天気だったとはいえ、すべてを解決した突破口は他ならぬヴィヴィアン自身だ。傷だってこのとおり、あの巧みな魔法のおかげで既にほとんど塞がっている。物事の良い面を、自分が皆にもたらした素晴らしい成果をもっと見てほしい、と。こちらもそっと、相手の顔を軽く覗き込みながら礼を告げて。)
おまえがああしてくれたから、逆にこれだけで済んだんだろう。本来なら、腕を丸一本持ってかれたっておかしくはない相手だったんだ。……つくづく、今日はありがとうな。
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