匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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( そもそも賭けに乗る義務はなかったにも拘らず、ビビとの関係修復のために乗ってくれたことへの感謝でもあったのだが。遠い目をした彼の優しい吐息に昼間の相手、こちらが煽ればすぐにムキになり、その後負けるとも知らずに余裕綽々と微笑んでいた、その可愛らしさを思い出せば「それもそうですね、」と小さく吹き出して。相手との距離感を探るように寄せた額が拒絶されず、相手の声に安心が滲むのに、この一週間と比べれば凡庸で、されど愛しい人の隣にいられるこれ以上ない幸せな日常の帰還を悟れば、えへへ、とこの世の幸福を詰め込んだような柔らかい笑い声を漏らし、「勿論です!」と、頭を硬い肩に小さくこすりつけ、触れることを許された温もりを堪能した。 )
──ギデッ……ギデオンさん!息してください
何かの間違いですよ、私奥様に言って来……マジか、
( そのあからさま( も何も、宿の部屋にベッドがあるのは当然なのだが。 )に置かれた大きなベッドに、思わずヒュッと息をのむ。ビビもまた、怪我をしたばかりのギデオンが、グランポートの事後処理に、あちこち駆り出されるのを心配し、帰ってもまた依頼が待っていることは分かっていても、本拠地であるキングストンへ帰れることを非常に嬉しく思っていた。その思いの強さといえば、不可抗力で止まった船に珍しく、身勝手な苛立ちさえ覚えたほどで。故に、安全とは言えなかった山道を、なんとか他の乗客を守り抜き、明らかにこの人数を泊めることを想定していない、こじんまりとした宿へ着いたとき、渡された鍵の本数が表す意味など目に入っちゃいなかったのだ。脳内にあったのは、やっとギデオンさんを休ませてあげられるという安堵と、今晩の診察についてだけ。ギデオンの背後につき部屋の鍵を回す段になって、やっとその違和感に気が付けば、次の瞬間視界に飛び込んできた、ふぁーお、とハート付きの効果音が聞こえそうな光景にめまいさえ覚えて、思わずギデオンを見上げる。その一切動じた様子のない涼しい表情に、一瞬自分がおかしいのかと常識を疑い掛けるも、すぐに相手のそれが完全な硬直だと気が付けば、自分より動揺している人を見ると人間何故か落ち着くもので。微動だにしない相手の顔の前で手を振り、変な空気にならないよう努めて爽やかに、入ってきた扉を逆に開けるも、たまたま廊下にいた小太りの女主人が「すみませ……もう、部屋はそのっ」と蚊の鳴くような声で縮こまるものだから、ニコッと得意の笑みだけ残して、静かにそっと扉を閉じる。思わず漏れたビビらしくない俗っぽい語彙は、結局出航までに二度ほど夕食に招待された被害者少年の影響だろう。仕方なく、もう一度与えられた部屋を見回してみれば──そもそも何がまずかったのかしら。むしろチャンスじゃない?グランポートでもその恵まれた肢体を使って、ギデオンを誘惑しようとしたじゃないか。ビビの気持ちにこたえる気がない相手は多少困った事態かもしれないが、その視線が案外露骨に胸元に滑ったり、押し付けられれば一瞬不快とは違った意味で強張ることをビビは知っている。一瞬の間にたどり着いた結論は、後から考えればやはり動揺してどうにかしていたとしか思えないそれだが、今ばかりは天啓とさえ思えた。ペタペタとダブルベッドに近づけば、いっそ今すぐにでもわざとらしく乗ってしまおうかと思ったが、洗ってない体で触れるのは気が引けて、自身の荷物を床に置きながら脇のスツールに浅く腰を掛け。白々しく相手を振り返れば、あざとく小首をかしげて。 )
……まあ、空いてないなら仕方ないか。
肩の調子は……シャワーの後の方がいいですよね。ギデオンさんお先にどうぞ。
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