匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(ことり、と何か置いた音がしたかと思えば、横から白い手が伸びてきて、ギデオンの顔を優しく包み込むように捕まえる。そちらを向かされたそのままにようやく相手と顔を合わせれば、どこまでもまっすぐで温かな、相手の怒りの表情に困惑を。しかし、艶やかな唇が懸命な言葉を紡ぎ、一拍ののちに真剣な愛を告白すれば、曖昧に揺れていた目を大きく瞠り。……そして、続く問いかけと、吹っ切れたような明るい笑みを浮かべての懇願に、今度は一転、どこか痛みをこらえるような苦々しい色を浮かべて。)
……そんな風、には、
(反射的に開いた口がごく曖昧に否定しかけたのは、“どうしても好きになれないと思うなら”という部分だった。そんなことはあり得ない。彼女を少しも好くことができないなら、今夜こうして真剣に向き合う機会を作ろうとすらしなかっただろう。……ヴィヴィアンのことを、なんとも思っていないわけではないのだ。むしろ、憎からず思うからこそ、一歩間違えればより深い情を抱き得る危機感があるからこそ、苦悩が付きまとうわけで。自分とて相手にある程度の好意を持っている、だから彼女の一方通行を理由に退けることなどできない。そして、“尊敬するシェリーの娘だから”という考えを抜き去ったところで、自分の人生にとうといだれかを巻き込めない、という自制心と諦念がまるきりなくなるわけでもない──それだけは、決して譲れない。手にしていた瓶を手摺に置き、きちんと相手に向き直ると、彼女のほうにわずかに身を傾げ、頭を寄せる。せめてもの誠意として、事情の説明を……懺悔をするためだった。目は合わせない、合わせれない。まっすぐな相手を恐れるように、足元に落としたままだ。端から見ればそれは、歳も経験も充分に重ねた男とまだうら若い娘が向き合っている図のはずなのに、ギデオンのほうだけがやけに弱々しく、情けなく映ることだろう。だがそれほどに、相手が優しく差し伸べてくれる手を今は決して掴めぬほどに、ギデオンの患う罪悪感もまた、奈落の如く深いもので。一度、心中の何かを飲み干すように目を閉じながら息を詰めると、視線を落としたまま再び緩やかに開け。小さな声を震わせながら吐きだしたのは、しかし裏を返せば、ヴィヴィアンと共にあるのは己にとって幸せになり得るという、無自覚な本音だった。)
おまえ自身を、ちゃんと見ていなかったのは……すまなかった。……だが、それでも……おまえじゃなく、俺のほうに問題がありすぎるんだ。
──何人もの、人生を……永遠に……壊してしまったことがある。今もその償いの最中で……いつ終わるかも、償いきれるかもわからない。
そんな人間の人生に、だれだって巻き込むわけにいかない。他人の人生を奪ったままで、幸せを得るなんてことは……許せないんだ。自分自身が。
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